さて、先月10日~12日までの2泊3日の行程、それを
一月に渡って記して参った富山紀行ですが、今回が
ついに(やっと?)
最終回本年4月以来となる
大糸線(おおいとせん)に揺られ、
上高地への玄関口・松本を目指します。

お次の鉄路は、新潟県の
糸魚川駅(いといがわえき)から。
JR西日本所有、
キハ120形気動車による運転となる
普通列車・南小谷(みなみおたり)行きが待機中。
ここで
大糸線の説明をさせて頂きますと、
路線は長野県
松本駅~新潟県
糸魚川駅間で、
総延長は
105.4km松本を基点として70.1km地点の
南小谷駅を境に、
南側を
JR東日本が、北側を
JR西日本が担当しています。
南小谷以北で県境を越える他、両社間での運行形態も異なり、
JR東日本区間では直流電化(直流=一方向へ電流を流す
電化方式)による
電車での運行、
JR西日本区間は非電化、
気動車(ディーゼルカー)での
列車運行が成されています。
元は大正4(1915)年、沿線からの出資により設立された
信濃鉄道(現在の第3セクター・しなの鉄道とは異なる)により、松本~信濃大町間が
開通したことに始まります。
その後
国鉄により昭和10(1935)年には
大糸南線として
信濃大町~中土間が開通。
北側は大糸北線として糸魚川~小滝(こたき)間が同じく昭和10年に開通しています。
その後昭和12(1937)年には戦前の
鉄道国有化により
旧信濃鉄道も国鉄所有となり、大糸線は松本~中土間となりました。
太平洋戦争による中断を挟んで鉄路が南北に繋がったのは
昭和32(1957)年。信濃鉄道による部分開通から実に
42年後の
事でした。
現在では内陸県・長野と
日本海に面する新潟県を往来する
ルートの一つとして、かつて人や物が行き交った「塩の道」に沿うような
形で両県を繋いでいます。
糸魚川駅を出発した列車は
えちごトキめき鉄道と分かれ、
内陸へ。
市街地を抜けてからは工場や住宅、そして田園地帯へと、景色が変遷して行きます。
やがて列車は厳しい山越えへ。

いくつものトンネルを抜け・・・
姫川と寄り添い、時に越えつつ進みます。
急勾配では
エンジン全開車体や乗り込む乗客をも震わせる重低音が轟きます。

姫川の激流や、長さ・形も様々な鉄橋も見所。

糸魚川から1時間あまり、JR2社の境界駅・
南小谷(みなみおたり)に到着!
ここからは
JR東日本による運行、
1日1往復首都圏と大糸線を直結する
特急あずさに乗り換え。
この地点で大分へとへとですが、旅路をレポートするため、
頑張ります!
ゆっくりと
南小谷駅を出た列車は、
姫川沿いを進行。
以前(5月記事参照)と同じ場所、同じ構図での一枚ですが、
深みを増した
緑から、季節の移り変わりを感じます。

春先はこんな感じ。

白馬村付近。以前は美しく冠雪した姿を見せてくれた
白馬連山も、
この日は
雲隠れ中

日本海側気候と太平洋側気候の一つ・中央高地式気候を分かつ
分水嶺、
佐野坂峠(さのさかとうげ)を通過中。
背の高い木立ちが取り囲む勾配を、登って行きます。

大町市へと抜ける途上、
仁科三湖(にしなさんこ)の脇を過ぎ行く。
それぞれ大きさや情景の異なる
湖が、次々に現れます。

静かな水面を湛える湖群は、沿線を代表する見所。

稲穂色付く安曇野を抜け・・・

松本駅に到着!
2番ホームに待機していた松本始発の付属編成(2両)との連結作業を終え
11両となった
あずさは、一路
新宿を目指します。
まるで一瞬の出来事のように思えた2泊3日。
楽しい事ほど過ぎゆくのは早いもの。
海の幸、文化、芸術、情景・・・
お隣・石川県に比べると影が薄いように思われがち(失礼)な
富山県ですが、取り巻く自然や恵みは
そこでしか味わえない、れっきとした
個性識る事とは、楽しきかな土地々々の良さを知るのも、また面白き事でございます。
次に旅路へ打って出るのは、
11月半ば1週に亘り
山陰地方を旅する予定です。
次回は松本散策。偶然見つけた祭りの賑わいを取り上げて
参ります。
それでは!

ようやく帰着した
上高地も、霞の只中(笑)