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史跡の街は春風の中

佐伯市を覗き、次に向かったのは、大分市とのちょうど中間、
石仏群が著名な、臼杵市(うすきし)
近年では城下町の趣も知られるようになり、
多くの観光客を集めています。

早速国宝・臼杵石仏を見に行きましょう!
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到着!
臼杵市郊外の山間部、ここに岩窟彫りの仏像達が
保存されています。
臼杵石仏は、阿蘇カルデラの火山活動から
流れ出た火砕流が元となって形成された(ここまで届いていることに驚き!)、
柔らかく加工しやすい凝灰岩の岸壁を削る形で造られた、
「磨崖仏(まがいぶつ)」。ちなみに磨崖仏とは、
ここのような自然に出来た岸壁や岩石を掘って造った仏像。
そのままの意味ですね。
これらの石仏群が形成された理由は定かではありませんが、
伝説ではこの地を治めていた真名野長者(まなのちょうじゃ)という人物が、
娘の死を弔うため、中国の著名な仏師を招いて建立した、
と言われています。

土産物屋は僅かで、著名な遺産にしては静かな雰囲気。
拝観料を支払い、奥へと進みます。
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最初に出迎えてくれるのは、
ホキ石仏第二群
ホキとは、崖の意。
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こちらはホキ石仏第二群の中心、阿弥陀三尊像
石で出来ているとはにわかに信じ難い、精緻にして写実的な造りです。
阿弥陀仏を中尊とし、脇侍として左に観世音菩薩、
右に勢至菩薩を従えています。
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こちらは山王石仏群
順路の奥、山側に登ったところに有ります。
一見すると中尊を脇侍が固めているようにも見えますが、
実は三体とも阿弥陀如来坐像です。
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最後は、古園石仏
中央に見える一際大きな像が、中尊の大日如来像です。
かつては年月と共に朽ちてしまい、頭部が落下した
痛々しい姿をさらしていましたが、平成初期の修理の際に
修復され、往時の姿形を取り戻し、今に至ります。
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古園石仏群の前から、周囲を望みます。
まるで中世のまま時を止めたかのような、長閑な景色。
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先ほど石仏群からも見えていたお寺、満月寺
石仏を守護する役目も担います。
境内には石仏造営を発願したとされる真名野長者夫妻像、その隣に
彼らに仏の教えを説き、自らも石仏を彫ったとされる
蓮城法師像が安置されています。
この寺も、この人物の創建だとか。
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辺りには菜の花が咲き誇り、彩豊か。

刻々と日は傾きつつありますが、お次は臼杵市街地へ。
城下町の風情を横目にしつつ、臼杵城へ入ります。
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正面から。臼杵城は元々
丹生島(にうじま)という臼杵湾に浮かぶ島であったものを、
城地として用いたそう。いかにも堅固そうな外見です。
戦国時代には大友宗麟が隠居城、並びに日向(今の宮崎県)
経略の為の拠点として用い、藩幕体制成立後は
稲葉貞通を祖とする稲葉氏五万石の城と成りました。
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かつての城塞も、花盛り。
右手に見えるのは、現存する畳櫓
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復元建造物の大門櫓
直上に敵を防ぐ櫓を戴く櫓門ですが、こちらもの中。
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頭上一杯に、花の香りと桜色が広がります。
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眼下に臼杵の街並みを見渡すことが出来ます。
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広場では、桜祭りも開催中。
儚き花を愛でる習慣は、連綿と日本人の心に受け継がれる文化ですね。

最後以外は好天も味方とし、十分に大分県の風土を肌で感じることが出来ました。
今に残る遺産を守り、大切に扱う姿勢も、大陸より技術と思想を受け容れた
九州ならではの物でしょうか。
次回は大分市内、美術館と要注目の天空露天風呂を巡ります。
それでは!
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黄色い絨毯











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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。