宮崎県高千穂町(みやざきけんたかちほちょう)
同県北部、九州のほぼ中央付近に位置し、
大分県と熊本県に境を接する
人口およそ12,400人、面積は約237㎢の町。
四季彩鮮やかな町内には豊かな山々や
五ヶ瀬川(ごかせがわ)の
流れ、それによって刻まれた峡谷地帯が在り、
高千穂峡や雲海で名高い
国見ケ丘(くにみがおか)、
幾筋かの
滝といった自然の名所を抱えています。
また「天孫降臨」や「天岩戸神話」に代表される物語の舞台としても
知られており、ここまでご紹介した通り
天岩戸神社や
高千穂神社を始めとする多くの神社が
町内に点在しています。
地域の歴史もまた長く、古代遺跡や出土品からこの付近には
紀元前4000年(およそ6000年前)頃より
人の居住した形跡が認められています。
また豊かな自然環境を生かした畜産や農業が盛んで、
椎茸や
トマト、
ナス、
キュウリ等の
野菜類、
ラナンキュラスや
菊、スイートピーといった
花、
天日干しによる自然乾燥によって豊かな風味を生み出す
米、
大自然が育んだブランド牛・
高千穂牛、
同じくブランド果実の
きんかん等の
特産品が産出されています。
この地域ならでは、竹を用いた調理法である「カッポ酒」や「カッポ鳥」、
夜神楽にて振る舞われる「神楽うどん」やお茶等の
グルメも魅力だとか。
(以上高千穂町の公式ページより)
今回はそんな魅力溢れる観光の町・高千穂町の目玉と言っても
過言では無い観光スポット、
高千穂峡を歩きます!

宮崎旅も
最終日となる3日目。
「ソレスト高千穂ホテル」を出て、神殿通り(こうどのどおり)へ。
前日お参り&夜神楽鑑賞をした高千穂神社の前を通り抜け、
メインストリートの先へと向かいます。

「国民宿舎 高千穂ホテル」の脇から近道を進んで川沿いへ出ると、
遠くに折り重なる様に連なる山々が!
道路の向こう、
山塊の手前はもう深淵なる
峡谷地帯!
遠くからでも、荒々しい岩肌が見えています。

つづら折りの道に沿って、さらに下りて行きます。

ここまで下りて来れば、自然公園の入り口はもうすぐ。
深く深く刻み込まれた
五ヶ瀬川の水流と、それに覆いかぶさらん
ばかりに迫る断崖絶壁が、見る者を圧倒します。
遥か眼下、画面中央下付近には人が行き交う遊歩道が見えています。

公園入口付近では、細い水流が糸のように流れ出す、
玉垂の滝(たまたれのたき)がお出迎え。
高さ4~5m、幅約10m。
柱状節理(ちゅうじょうせつり)という、
火成岩(マグマが冷却されて固形化した岩石)が固形化され岩石となり、
冷えて行く過程で収縮することで発生する柱状の
割れ目の間から、
細い筋のような清水が流れ落ちています。

清らかな水が止め処無く流れ落ちる様は、まるで
天女の羽衣のよう。
自然の産物である水は、この下に位置する神話由来の池・「
おのころ池」や
名物の滝に水を供給する
水源となっている他、
町内各所へと送られる
上水道の源でもある為に
厳重にフェンスで仕切られ、瀑布内へは
立ち入り禁止と
なっています。

さて、やって参りました、
高千穂峡!太古の昔、
阿蘇山の
火山活動によって噴出した
火砕流が
五ヶ瀬川に沿って流れ込み、その後の冷却と
水流に削り取られることで発生した、
高さ
最大100m、
東西7kmにも及ぶ
峡谷地帯自然の営みが生み出した圧巻の峡谷美は高く評価され、
昭和9(1934)年には国の
名勝・天然記念物に、
昭和40(1965)年には
祖母傾国定公園(そぼかたむきこくていこうえん)に指定されています。
まさに
ザ・高千穂!と言い得る観光スポット。
大峡谷の一部、1kmに亘って設けられた
遊歩道へ。
その入口付近で早速見付けたのは・・・
真名井の滝(まないのたき)
高さ17m、
玉垂れの滝より流れ出た水が、
川幅の狭まる峡谷の底へと弧を描いて落下する、
高千穂峡のシンボルと言える場所。
名前の由来は、天孫降臨の折にこの地に水が無いのを見かねた
天村雲命(アメノムラクモノミコト)が、高天原(たかまがはら)より
もたらした「水の種」を移したという
天真名井(あめのまない)
この「天真名井」とされる水源は、町の中心部・三田井地区付近の
天真名井神社内に
現存しており、
今も湧き出す清水は信仰の対象となっています。

滝を裏側から眺める。
周囲を取り囲む断崖、その間をすり抜ける
五ヶ瀬川の流れと
織り成す光景は、見事の一言!
辺りを漂う小舟は、間近で滝を鑑賞できる
貸しボート
遊歩道を、先へと進みます。
眼前には細く伸びる水流とその流れに削られた岩肌、その傍に
そそり立つ断崖絶壁と芽生えの時を待つ木々の群れ。
人の手に一切拠らぬ景観美が広がります。

遊歩道沿いには、神話に由来の有るスポットがちらほら。
こちらの
七ッヶ池(ななつがいけ)
その昔、高千穂神社の祭神の一柱である
十社大明神(三毛入野命)が
散歩をしていると、水鏡に美しい娘が映っていた。
この娘とは、
鬼八(きはち)というこのあたりで悪行を働いていた
鬼によってさらわれた、
鵜ノ目姫(ウノメヒメ)
彼女の願いを聞き届けた三毛入野命(ミケイリノミコト)は、
お隣・肥後国(熊本県)西部にまで及ぶ壮大な追跡劇の末に鬼八を
討伐し、
その後鵜ノ目姫を
妻として迎え入れたそうな。
そんな逸話を持つ泉ですが、岩のうねりの間から
酒が出る、
なんて言い伝えがあるそうな。
飲んでみたい
「鬼八」関連の物を、もう一つ。
こちらの
鬼八の力石は、重さ約200t(!)
伝承では三毛入野命が鬼八を退治せんとした折、
鬼八が力自慢にこの巨石を
投げ飛ばしたという。
さすが神話の登場人物、
半端じゃない
遊歩道の対岸、圧倒的大スケールで迫りくる断崖は、
仙人の屏風岩と呼ばれ、
その高さは
約70mにも及びます。
おそらく直上へ出ることは出来ないでしょうが、まず間違い無く
落ちたら死ぬ高さ。

河床に並ぶ、
柱状節理の皆さん。
真っすぐなものから斜めになったもの、不可思議にねじ曲がったものまで、
実に
個性的
時折見られるボコボコと空いた穴は、
甌穴(おうけつ)というもの。
岩盤から成る河床に出来る円筒形の深い穴。
またの名を
かめ穴、もしくは
ポットホール河床の岩盤の窪みや割れ目に発生した渦巻きによって穴が出来、
その穴に入り込んだ小石がまた渦巻きによって岩盤を削ることによって
形成されるのだとか。
水が無ければ入れそう。
五ヶ瀬川でも最も川幅の狭まる
槍飛(やりとび)
戦国時代の天正19(1591)年、今の延岡付近の領主・
高橋元種(たかはし もとたね)が高千穂へ侵攻して
高千穂郷内に構えられていた
三田井城(みたいじょう、「見たい」では無い)が
落城した際、領主・三田井氏の家臣たちがここまで逃げ延びた。
しかし当時付近には橋は無く、家臣たちは岸に槍の柄を突いてその反動で
向こう岸へと飛び移ろうとした。
結果手前の岸に槍を突いた者は飛び渡り、向こう岸に槍を突いた者は
川の中へ真っ逆さま。
この逸話により、この呼称が付けられたそう。
命懸けの槍飛び、
度胸試しの極致の様だ。

「槍飛び」付近から見られる絶景が、こちらの
高千穂三段橋昭和時代の石橋・
神橋とその上、鋼製の
高千穂大橋、
平成15(2003)年に国道218号線のバイパス路として架橋された
コンクリート製の
神都高千穂大橋の、
製法も製造年代も異なる3つの橋梁が折り重なる、
全国でも
稀有な光景。
自然が生み出した峡谷に架かる、人の手による人工物。
しかし自然に溶け込んだ3本のアーチは、
その造形美とも相まって、見事に高千穂の景観の
一部となっています。
高千穂峡散歩を満喫し、スタート地点へと戻って参りました。
先ほどの石碑の周辺は公園として整備されており、
玉垂れの滝からの水を取り込んだ池の周囲に、
土産物店や飲食店が軒を連ねています。

そのうちの一軒、
お食事処 田舎屋へ。

精肉店直営のお店の中には、なんと
流しそうめんの流し器が!
今や日本の「夏の風物詩」の一つとなっている流しそうめんですが、
実はここ高千穂峡が
発祥の地!(諸説あり)
それにあやかってか、公園内に店を構える飲食店には
軒並み流しそうめん器が設置されており、
冬にも関わらず
稼働しているお店も!
ぱっと見清涼感どころか寒さすら感じそうな光景ですが(この日の最高気温、9℃!)、
店内ではストーブが焚かれており、
暖か注文さえすれば、季節外れの「流しそうめん」が楽しめた、かも?

流しそうめん!では無くここは
田舎屋定食を注文。

細かく区切られた容器には、からあげやきんぴらごぼう、和え物、
冷や奴、おでんに甘く味付けされた玉子焼きや煮豆等々、
たくさんのご馳走が盛り付けられています。
店名を冠した
店の人気メニューは、
名前通りに
田舎のお母さんが作ったかのような、
なんだか落ち着く味。
噛み応えたっぷりの
刺身こんにゃくは、
辛子をつけて頂きます。
高千穂といえばやっぱりココ!という観光名所・高千穂峡。
ご存知の方、もう訪問済み!という方も多いでしょうが、
こうして自然の中を歩いてみるのも、やはり良いものですね♪
次回はかつてここ高千穂と下流の延岡市を結んでいた
第3セクター・高千穂鉄道の駅跡へ。
平成17(2005)年の台風災害で壊滅的な被害を受け、
その後惜しまれつつ地域輸送の役目を終えた同線の
名残に触れて参ります。
それでは!

公園内、
玉垂れの滝からの清水が注ぎ込む池の中には・・・

世界三大珍味・
キャビアを生み出す
チョウザメの姿が!