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「港の痕」は、雨の中。

門司港(もじこう)
福岡県北九州市を代表する観光地。
その勃興と発展の第一歩は明治22(1889)年、
当時の日本政府より石炭等の特別輸出港
指定されことによる。

その後起こった日清・日露戦争では地理的理由から兵員・軍需物資
大陸へ送り込む拠点となり、米・兵器・軍服等の品物を扱うことで
大きく発展を遂げて行きます。

大正時代、第一次世界大戦での戦争景気欧州航路の開設
門司港は大いに沸き立ちます。
中国大陸との貿易も盛んに行われ、その活況は横浜・神戸と並ぶ
日本三大港の一つに数えらるほどに。
この好況から大商社や銀行の出店が相次ぎ、それが
地価の暴騰を呼び起こすほどだったとか。
(都心か人気のベッドタウン状態だったのでしょうか)

そんな門司港の栄華に終焉をもたらしたのも、また戦争でした。
昭和20(1945)年の敗戦により
それまで盛んに遣り取りされていた対外貿易が大幅縮小
莫大な富をもたらしていた大陸貿易に事実上のピリオドが打たれたことで、
門司港は衰退
日本経済の表舞台から身を退くこととなりました。

それから40年が経過した平成7(1995)年、
官民一体の取り組みによりかつての貿易港は
「門司港レトロ」として再生
今では歴史と趣を感じさせる街並みを生かし、年間約220万人
訪れる人気の観光地として、新たな歴史を刻んでいます。
(「門司港レトロインフォメーションより」)

今回はそんな門司港レトロに刻む第一歩として、
貿易港としての活気に満ちていた頃を思わせる、
「とある施設」を訪れます。

「街歩き」をスタートさせる前に、まずは腹ごしらえ。
門司港到着一発目の食事として私が目を付けていたのが、
名物グルメ・焼きカレー!

かつて国際貿易港として賑わった港町らしい、
洋食に日本人のアイデアとエッセンスの加わった一品。

その起こりは昭和30(1955)年頃、とある喫茶店で余ったカレーを
オーブンで焼いたところ、大変香ばしく、おいしく仕上がったことから。
これがお客さんからの評判を呼び、いつしか庶民の味として
定着していったという。
(「門司港レトロインフォメーション」より)
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そんな焼きカレーを味わうべく向かったのは、
門司港駅前の交差点を渡ってスグのところ。
有名焼きカレー店(伽哩本舗 カリイほんぽ)と同じ建物に入居する、
ときどき伽哩本舗 エムズカフェ(矢印部分)

2階の伽哩本舗の行列解消を目的に、1階部分にオープンした姉妹店
店舗の規模は姉貴分の半分ほどですが、人気店譲りの本格派
焼きカレーが楽しめます。
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小ぢんまりとした店内は、洋食店というよりはカフェのような装い。
何組か観光客が詰めかけてしまえば、すぐ満席になってしまいそう。
店員さんは女性主体のようで、かわいらしい飾り付けがちらほら。
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外に目を向けてみれば、窓越しに船着き場が見えています。
生憎の天気なのが、残念。
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食欲をそそる音&香りとともに運ばれて来たのは人気メニューの一つ、
昔の焼きカレー
「門司港グルメ」誕生当時をイメージした、昔風のひと皿。
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カリカリに焼き上げられた表面にスプーンを差し入れると、中から濃厚ルーが
こんにちは。
特製カレールーは表面を焼き上げることにより、香ばしさと味の深みがアップ!
そこへ通常の「とろけるチーズ」と異なる、誕生時をイメージした角チーズ
卵のトッピングが絡みます!
コロっとした九州産黒毛和牛が載っているのも、ポイント。

余計な脂分が落ち、他の具材同様カリカリに仕上がっています。
※登場したての焼きカレーは、器とともにアツアツ状態となっています。
火傷と具材や器の「熱さ」にはご用心。
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「エムズカフェ」を出て、目的地へ続く大連通りを歩きます。
このあたりは悪天候も相まって、人気もまばら。
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波止場越しに、視程は悪いながらお隣・下関市との間に横たわる関門海峡
(かんもんかいきょう)、
その最狭部を渡して九州と本州を繋ぐ関門橋(かんもんきょう)が
見えています。
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へ漕ぎ出す舟のような、特異な形の建物は関門海峡ミュージアム
通称海峡ドラマシップ

関門海峡にまつわる歴史を音・光・映像でもって体験できる海峡アトリウム
あの源平合戦にて源氏・平氏の命運を決した「壇ノ浦の戦い」等、
海峡を舞台とした歴史ドラマを人形で再現した海峡歴史回廊
最盛期であった大正時代の門司港を思わせる海峡レトロ通り
各エリアを通して、「関門海峡の過去・現在を五感で感じられる」ミュージアム。

子供時代に家族で訪れ大いに楽しんだ記憶の有る場所だったのですが・・・
リニューアル工事のため昨年4月より休館中
工期はおよそ1年半、今年秋まで掛かる見込みのよう。
楽しみにしていただけに、ちょっと残念。
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という訳で、「海峡ドラマシップ」の向かいに在る、もう一つの目的地へ。
どこまでも向こうへ伸びる、まるで西洋の神殿建築のような建物は
旧大連航路上屋(きゅうだいれんこうろうわや)

昭和4(1929)年、門司税関1号上屋として建設されました。
設計を担当したのは国会議事堂・旧首相官邸・旧文部省庁舎・
横浜税関等の著名な官庁を手掛けた建築家・大熊喜邦(おおくま よしくに)

当時流行のアール・デコ様式を採り入れた直線的外観の
建物は旅客ターミナル(手前)と倉庫(奥の方~の茶色っぽい建物)から
成っており、
最盛期には大連航路や欧州航路等の国際ターミナルとして
40航路、月にして約180便もの
旅客船をさばく一大拠点となっていました。
(現代に当てはめると、飛行機と船という違いを除けばそのまま
国際空港のような位置付けでしょうか)

特に中国・大連への航路が最も多かったため、
「大連航路上屋」や「大連航路待合室」と呼ばれるようになりました。
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そんな隆盛を誇っていた海外への門戸は、昭和25(1950)年に突如として閉ざされます。
終戦とともにやって来たアメリカ軍により
建物は接収され、上屋は国際旅客ターミナルとしての
役目を終えました。

昭和47(1972)年の返還後は門司税関の仮庁舎や公共施設として利用され、
平成25(2013)年、5年の歳月を掛けた整備の後休憩・展望施設として
往時の姿を取り戻しました。

(上の写真は国際旅客ターミナルとして使用されていた頃のもの。
左手に写っているのが「大連航路上屋」。
停泊しているのは大連航路に就航していた吉林丸(きつりんまる))
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中へ入ってみると、広~いエントランスホールがお出迎え。
「アール・デコ」様式に則った直線的な柱や剥き出しの配管が
「昔っぽさ」を醸し出す空間は展示スペースとなっており、
北九州市の歴史や姉妹都市である中国・大連との関わり、
大連航路・欧州航路で活躍した船舶の模型や海事関係の
展示・資料が並んでいます。
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ずらりと並ぶ船の模型。こちらは100/1スケールで
造られた照国丸(てるくにまる)
近くで見て、かつ添えられた写真と比べてみると、細部まで
良く再現されています。
模型を集める趣味は特に有りませんが、なんか楽しい

船のデータを見てみると、全長160.5m、排水量11,931t。
昭和5(1930)年に長崎県長崎市の三菱長崎造船所にて
建造され、欧州航路で活躍していました。

欧州各地に戦火が広がりつつあった昭和14(1939)年、英国沖にて
機雷に接触し、沈没

この照国丸に限らず戦前の民間船は多くが戦火で沈没、
もしくは軍艦として徴用・転用された物も多く、
天寿を全う出来た船はごく僅か
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エントランスホール内は、海事関係の展示も充実。
実際に船舶で使用されていた計器や灯火具、舷窓等が
公開されています。
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北九州市と姉妹都市の関係に在る中国・韓国・アメリカ等からの
寄贈品も収められています。

こちらの美しい青磁の壺や絵付きの花瓶、精巧な人形は
お隣(外交問題で揉めている)韓国・仁川市(インチョンし)からの品。
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こちらは中国・大連市より北九州港100周年記念の品として
贈られた、馬踏飛燕(ばとうひえん)

別名「天馬」とも呼ばれ、1969年に中国・甘粛省(かんしゅくしょう)武威県(ぶいけん)より
出土した今から約2000~1800年前、後漢時代(!)の宝物。
中国考古学者の研究によれば、力強くいななく天馬が踏みつけているのは
伝説上の生き物・龍雀(風神)ではないか、とのこと。

それにしても後漢時代の品とは・・・あの三国志の時代に
造られたかも知れない、と思うと・・・熱いな!
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展示スペースの一角に、さり気な~いお宝を発見!
やけにメカメカしいこちらの展示品、1970年代~2000年頃まで使用され、
スタジオジ〇リや新世紀エ〇ァンゲリオン、ポ〇ットモンスターシリーズ、
名探偵コ〇ン等、数多くの名作を世に生み出してきた
アニメーション撮影台

アニメーション制作の一端を担う会社からアニメーターの
交流団体へと渡った品は、平成28(2016)年にここ旧大連航路上屋内にて
映画・芸能関係の資料を集めた松永文庫に寄贈され、
こうして来館者の目に触れるところとなっています。
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展示・休憩施設として活用されている「旧大連航路上屋」の中でも
国際旅客ターミナル時代の面影を色濃く残しているのが、
2階屋外に伸びるコリドー(廊下)

どこまでも続くかのようなおよそ120mにも及ぶ廊下は、
見送り客が旅立つ船へテープを投げ、親しき人との別れを惜しんだと言います。
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門司港が「日本の玄関」だった頃から時は移ろい、人や街、
交通の主役こそ変わってしまったが、こうして旅人を見送ったは在り続ける。
しとしと降るの所為か、なんだかしんみり。

館内には他に休憩所やホール、先にも少し触れましたが門司区に住んでいらした
故・松永武(まつなが たけし)氏が収集した、膨大な映画・芸能資料を展示する
松永文庫が整備されています。
興味がお有りの方は、観光がてら足を延ばしてみてはいかがでしょうか?

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退出は、正面玄関だったと思しきところから。
庇の下、建物から張り出すように設けられているのは監視室
一人々々に目を光らせていた、戦前らしい設備。
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玄関脇には、色あせながらもかつての姿を留める階段が
構えていました。

かつての「国際港」・門司港を象徴する施設。
昔日の栄華を映す鏡は、今はレトロ地区の外れで静かに客人の訪いを
待ち侘びています。
次回はレトロ地区の中心に在る建物をチラ見せ!
国際交流の証たるレトロ建築に入り、
夜は「この日だけ」の特別な演出に浸ります。
幻想の世界が、そこには在った。
それでは!

ここまで歩いてきた「大連通り」、
実はかつての岸壁を埋め立てて造られた道。
つまり「旧大連航路上屋」に面した歩道がその跡であり、
車道から向こうは海の中
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船を繋留するための係船柱(けいせんちゅう)や・・・
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荷物運搬用のレールがその証。

コメント

No title

こんばんは!

焼きカレーは北海道の名物では?と思いましたが、あちらはスープカレーでしたね(笑)

焼きカレーはいまだに食べたことはないですが、画像からも熱々具合が伝わってきますね(^J^)

九州は中学の修学旅行先でしたが、ac802tfkさんの記事の方がよほど勉強になってます(*´ω`*)

アニメーション撮影台というのもなかなかレアですね~

No title

deikai20さん
コメントありがとうございます!
ですね(笑)スープの方は北海道のようで。
焼きカレーは口に入れた瞬間「熱っ!」
状態でした(笑)
でもしっかり焼かれた分、香ばしさと風味が
増していたように思います。

>九州は中学の修学旅行先でしたが、ac802tfkさんの記事の方がよほど勉強になってます(*´ω`*)

そう言って頂けて、光栄です(__)
毎回時間を掛け、勉強と裏取りをしている
甲斐が有るというもの。
これからも頑張ります!

説明書きに並ぶタイトルに、ビックリしました。
美術品やら模型やらが並ぶ中だったので、
余計に目立ってましたね(笑)

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。