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桜の町を訪ねて

春も盛りの4月。踊る花びら、色づく木々を見るため今日も遊山に出向く
人々の姿が散見されますが、皆さんはこの桜の季節
いかがお過ごしでしょうか?

このところ気温も徐々に上がり、花見にはもってこいの天気の中、
実は私もお出掛けして参りました!
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大分市内から電車で数十分、花咲く沿線風景を楽しみながら
向かったのは・・・
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大分県南部の町・臼杵市(うすきし)
「豊後の王」、戦国大名・大友宗麟(おおとも そうりん)によって開かれ
江戸時代を通して臼杵藩稲葉氏5万石の城下町として栄え、
国宝・臼杵石仏でも著名な自然と文化に彩られた土地。
駅の椅子も城と石仏をアピールする特別仕様。
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こちらJR臼杵駅駅舎。
駅としての開業は大正4(1915)年。
1時間に1本宮崎方面の特急にちりんが直通する他
佐伯(さいき)までの普通列車、当駅折り返しの列車が行き交う
臼杵市の玄関口。(朝晩に佐伯まで延長運転されるソニックも停まる)

駅舎は市街地に立地する駅としては小ぢんまりとしており、
駅として求められる設備の他、夕刻には閉まるおみやげ屋さんが
細々と営業中。
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駅前に鎮座する臼杵石仏のレプリカ。
これは1980~90年代に磨崖仏(まがいぶつ=石仏)の保存修理が実施された際、
頭部が損傷・落下していた大日如来像の旧態への復位が
可能かどうかを調べるために作製された、いわば実験体

当初は臼杵磨崖仏群が所在する深田地区に設置されていましたが、
保存修理完了後の平成8(1996)年に現在地に移転されたそう。
この「分身」による献身の甲斐あってか石仏群はかつての姿を
取り戻し、石仏としては初の国宝として
文化的・芸術的に貴重な姿を残しています。

・・・ひょっとしてこの「分身」も、検証の為に首を落とされたりしたのだろうか。
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4月上旬といえば、何といってもの季節。
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駅前からの通りを歩けば、そこかしこで淡くお化粧した
木々と出会います。

町のシンボル・臼杵城とほぼ平行に伸びる「港町商店街」を抜け、
一旦お城はパス。
城跡正面の道へ入ります。
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やがて見えてくる立派な門。
ここは稲葉家下屋敷
明治35(1902)年、版籍奉還によって大名の座を退いていた旧領主・稲葉家の
臼杵に於ける滞在場所として、地元有志によって
建てられました。

当時稲葉家は士籍と大名としての身分を返上し東京に退いていましたが、
国立第百十九銀行(のち他行と合併し、三菱銀行の前身となる)や
旧臼杵藩氏族によって設立された留恵社への出資を通して、
依然としてかつての所領内に影響力を持っていました。
その為稲葉家の人々が臼杵に「里帰り」することも多く、
その際旧主を迎え入れるための施設が整えられたのです。

建物自体は日本が近代化への歩みを推し進めていた頃のものですが、
その造りは西洋の要素があまり見られない
江戸時代の武家屋敷そのもの。
その文化的価値から国より登録有形文化財指定を受けています。
(営業情報:開館時間9:00~17:00、入館16:30まで。
入館料大人320円、小人160円。市内各施設との共通券あり。
年中無休)

入り口の「御門」を潜ってすぐ左手の受付で入館料を
支払い、パンフレットを受け取って敷地内へ。
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石畳の向こうで、入母屋造りの意匠が目を引く玄関がお出迎え。
旧藩主といえども屋敷の形態は類例に外れるものでは無く、
左手が客人用、右手の装飾を省いた部分(内玄関と称する)が
居住者(この場合は滞在者か)の為のスペース。

来館者は左手の玄関から主屋へと上がります。
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玄関内には漢文が掲げられています。
特に説明書きが無かったため、作者・全文の意味などは不明。
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まずは右手へと向かってみる。
主屋内の各スペースは畳廊下を起点として
配置されており、ここを通ってプライベート空間である「奥」と
客人を通す「表」とを行き来できるようになっています。
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畳廊下の奥、右手に設けられているのが御台所
その名の通り稲葉家の人々や客人に出す食事を
作っていた場所で、建物は屋敷内唯一の2階建て。

女中さんや賄い人(食事を作る人々)が駆け回ったであろう炊事場は
一時期料亭に改装されたことで失われてしまっていますが、
屋根裏を燻すために造られた土間部分の吹き抜けは
建築当時のもの。
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畳敷きの部分に接して取り付けられた階段を上った先は、
「物置」や・・・
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ここで働いた人々のための「女中部屋」となっています。
(凝った造りの窓は、物置にしては豪華なような・・・)
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「御台所」の向かいは、稲葉家の人々が起居した御居間
主人が過ごしたであろう「居間」とその隣の「二ノ間」、
裏側の「三ノ間」と控えの間から成る、
プライベート空間「奥」の中枢。
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派手さは無いものの、武家屋敷の形式に則って整えられた居間。
左右で高さの異なる違い棚、書が掛けられ
花の置かれた床の間が部屋の景観にアクセントを加えます。
掛け軸に大書されているのは、武士の心意気を示す
「不惜身命(しんめいをおしまず)」の字。
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室内や縁側からは広く取られた庭園を眺めることが出来ます。
所務をこなす当主からすれば、寛ぎの景色。
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畳廊下を渡って反対側は、客人を通すために造られた大書院
先ほどの「御居間」と対を成す、いわば「表」の主役。

廊下から縁側まで一続きのように見える広い空間は、
床の間や床脇を設け、長押(なげし、柱同士を繋ぐ構造材兼装飾材)が
架けられた上ノ間(奥)、
広さ十八畳半にも及ぶ二ノ間(手前)から構成されています。
左手に見えているのは部屋では無く、廊下の一部。
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大書院の床の間と床脇。
違い棚が設けられているのは同様ですが、下部に収納が無いこと、
床の間に飾られている花の位置が相違点。
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庭園から主屋を眺める。正面が大書院、その奥が御居間。
主屋近くには昭和初期に建てられた二つの離れ棟が在るのですが、
事前申請を要する貸切専用施設であり一般公開は不可。
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この他敷地内では上級藩士の住まいだった旧平井家住宅
保存・公開されています。
稲葉家下屋敷より古い安政6(1859)年築の屋敷で、
こちらも武家屋敷の佇まいをよく残しています。

ゆるりと始まりました、臼杵散策。
この先待っている赴任を挟み、6回に分けてお届けする予定です。
次回は藩政以前より栄える商店街・八町大路へ。
古い商家や江戸初期からの老舗、創作意欲に満ちた
ランチプレートの様子をお届けします。
それでは!
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屋敷の前を流れる水路には・・・
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城下町恒例、鯉の姿。

コメント

こんばんは。

大友宗麟はこの地に城下町を築いたのですか。
歴史の教科書にも登場しますよね。
しかし、臼杵市がまさにその地とは知りませんでした。
また、稲葉家の屋敷はずいぶん立派ですね。
見ごたえがありました。

おはようございます

大友宗麟は隠居後臼杵に城を築き、同時に
町の礎を造ったそうです。
お城については、また後述。
稲葉家下屋敷は旧大名家に相応しい規模と
格式を備えながら華美に走らない、良い造りでした。

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。