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臼杵城本丸散歩

今日は北海道上陸後の初仕事!
期待と不安の中で覚えなければならないことも多く、
いささか気疲れしてしまいましたが、利尻島での生活を全うすべく
一所懸命務めて参る所存です。

さて、中断期間を挟みながらまとめて来た臼杵散策も最終回
難攻不落の堅城・臼杵城の本丸へと突入して参ります。
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二ノ丸から本丸へと至る唯一の道。
そこへ立ち塞がるのが鉄門(くろがねもん)跡。
名前から察するに、鉄砲戦にも対応した鉄板張りの
城門が置かれていたのでしょうか。

もちろんここを固めているのは城門だけではありません。
本丸への侵入ルートを限定するため、空濠(からぼり)によって
台地上を二分。
その上で本丸側を高くした石垣を設け、塀や櫓から
取り付こうとする敵兵を撃ち下ろす備えが成されていました。

奥に見える出っ張りは武具櫓の櫓台で、
空濠内への攻撃と鉄門に取り付いた敵兵への
横矢(敵の側面からの攻撃)が可能な位置に置かれています。
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反対側も石垣こそ現存していませんが、十分な高さと幅が確保されています。
これにより本丸側からの攻撃を容易なものとして、
有事の際には城兵が往来する通路としての利用も
考慮していたことでしょう。
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本丸端、空濠を見下ろす位置に置かれた天守台
往時はここに3重4階の天守櫓が建てられていたそう。
「天守」なのに「櫓」と併記するあたり、それほど規模は大きくなかったのであろうか。
今は台上や石垣にが生い茂り、来訪時には子供たちの
遊び場となっていました。
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本丸内にも桜吹雪が降り注ぎ、花見客の姿が散見されます。
かつてこの辺りには本丸御殿が設けられ、
に当たる部分には政務や儀礼に使われた
「御広間(おひろま)」や「大書院(だいしょいん)」の他、
能などに用いられた「御舞台(おぶたい)」といった施設で形成されていました。

一方城主の日常生活の場であるには
藩主の居室である「御座間(ござま)」、崖に面した部分には
「御湯殿(おゆどの)」という浴室が付けられ、展望風呂のような
様式だったそう。なかなか贅沢である。

こうして城と藩政の中枢となっていた本丸御殿も城下町から一番遠いという
不利な立地が災いし、延宝4(1676)年には
藩庁としての機能を二ノ丸へと移転することとなりました。
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城の一番奥、に面した崖上に上げられていた
亀首櫓(かめのくびやぐら)跡からの眺め。
かつてはこの直下にまで波が押し寄せていました。
今の眺めはこんな感じ。
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市街地越しに臼杵湾を望見する、好立地。
海上にポツンと浮かんでいるのは、津久見島(つくみしま)
周囲約2.3km、標高166mの無人島
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本丸の一角には、鮮やかな朱色の鳥居が並んでいます。
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これは城内に社を構える
卯寅稲荷神社(うとらいなりじんじゃ)のもの。

永禄5(1562)年、大友宗麟(当時は義鎮)公が丹生島城(臼杵城)築城の折、
城の鬼門(北東の方角。鬼が出入りし忌むべき方角とされた)に当たる場所に
丹生島明神社を置いたのが始まり。

江戸時代に稲葉氏が入封してからも歴代領主の信仰篤く、
豊漁・豊作・家内安全・商売繫盛・航海安全の神として
領内と領民の平安を祈願しておりました。
廃城後に現在地に移され一時は別の場所に移転していたものの、
昭和60(1985)年に有志の手で戦前の位置に
新社殿が建てられ、現在に至っています。

この地とご縁を結べたことに感謝し、お礼。
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城の裏手の道は卯寅稲荷社の参道も兼ねており、
稲荷神社特有の真っ赤な鳥居がズラリ!
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居並ぶ鳥居の中を歩けば、総本山である京都・伏見の
千本鳥居を歩いているかのような、「プチ千本鳥居」潜りが
体験できます。
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卯寅稲荷神社へと続く城の裏手は、「搦手口(からめてぐち)」として
防備が固められていました。
住宅地との間を仕切る石垣や転げ落ちた石、礎石などは
ここに置かれていた卯寅口門(うとのぐちもん)のもの。

に面したこの場所は、本丸裏手を固めるとともに
緊急時にはここから舟を出す脱出ルートでもありました。
ちなみに本来「卯寅」は「うしとら」と読むのですが、何故「うとら」という
呼び方になったのかは不明だそう。
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この卯寅口を櫓門とともに固めていたのが、現存櫓の一つ
卯寅口門脇櫓(うとのぐちもんわきやぐら)
外観2重、中3階、下見板張りの櫓で、
現在の建物は幕末の嘉永(1854)年の築。

藩政期を通じてこの位置の櫓は幾度か建て直された様で、
時期によってその役割も変化していたそうな。
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卯寅口付近からの眺め。

武家屋敷に昔ながらの通り、切通しに堅城と、
存分に楽しませてもらった臼杵散策
の名所として、また歴史散歩の場として、
今後の安寧とさらなる発展を祈りたいところ。

さて、次回からはいよいよ北海道への大移動!
フェリー3本、特急1本を使った道中を記して参ります。
九州から関西への移動・・・は以前(昨年4月)と同じ行程のため
端折りまして、大阪での寄り道を取り上げたいと思います。
それでは!
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と城跡。
日本人の魂に訴え掛ける、素敵な組み合わせ♪

コメント

こんばんは。

臼杵城は桜の名所でもあるのですね。
城の石垣は堅固に作られているようで、難攻不落というのも頷けます。

No title

こんにちは。
コメントありがとうございます。
高所に築かれた城と桜の組み合わせは素晴らしく、
遠くからでもその姿が確認できるのがまた
良いのです!
石垣のみならず櫓や城門、通路の配置まで
考え抜かれており、大友宗麟公や稲葉氏の
実戦への備えを見て取ることが出来ました。

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。