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大阪城3~「なにわの夢」の頂きへ~

春の陽気の中でゆるりと進めて参ります、北海道を目指す旅。
今回は巨城・大阪城の「心の臓」と言い得る最重要部・天守閣へと
登ります!
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本丸の西から南に掛けて広がり、西の丸と共に「砦」としての役目を果たす二の丸
その二の丸を二つに区分していたのが、ここ南仕切門跡
付近の石垣は江戸初期に開発された切込接(きりこみはぎ)という、
石材を長方形に加工し、隙間無く積み上げる技法が使われています。
これは技術と労力を必要とする積み方であり、
ここが防衛上重要視されていたことの証左。

付近には城内最小の櫓・太鼓櫓(たいこやぐら)が置かれており、
太鼓を打ち鳴らすことで大名・旗本等の交代時間を知らせた他、
急を告げる役目も帯びていました。

いずれの建物も寛永5(1628)年に建てられ、明治維新の慶応4(=明治元、1868)年、
火災により焼失しています。
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「南仕切門跡」の近くに無造作に置かれている石材。
実はコレ、見ての通りただの石では無く、運搬途上に何らかの理由で
打ち捨てられた、いわゆる残念石

それを示す様に、石の表面には巨石を割り出すのに用いた矢がねという
楔のような道具を打ち込んだ痕が、側面には工事を担当した藩を示す
刻印が残されています。
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さあ、いよいよ本丸が近付いて参りました!
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本丸の正面入口となるのは、桜門
現存建築物の一つで、もちろん重要文化財

その名の由来は、付近に見事な桜並木
設えてあったことから。
豊臣時代に付けられた呼び名は徳川の城となっても継承され、
甘美な響きとは裏腹な、重要部に相応しい堅牢さをもって近寄る者を睥睨しています。
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門の内外に、今も咲き誇る桜並木
亡き太閤殿下も、この光景を愛したのでしょうか。
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桜門の周辺を固める石垣も、堅牢そのもの。
ただ高く、固いのみならず排水用の石樋(いしどい)を設ける等、
維持・管理体制もバッチリ!
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巨石揃いの大阪城でも、一際目を引くのがこの蛸石(たこいし)
表面積約36畳敷(59.43㎡)、重量およそ108tを誇る、城内最大の石

この付近を担当したのは備前岡山藩主・池田忠雄(いけだ ただお)で、
城内3位の振袖石(ふりそでいし、表面積約33畳敷=53.85㎡)を始めとする
石材は、領内より運び出した花崗岩となっています。
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人と比べると、その大きさが良く分かる。
桝形に当たるこの部分には、かつて大手口同様「多聞櫓」が在ったはずですが、
ここも明治維新の大火で失われています。
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桜門を抜けた先、本丸御殿跡の向こうから、見えて来ました・・・!
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天守閣!
戦前の昭和6(1931)年、大坂夏の陣図屏風(大阪城天守閣蔵、重要文化財)に描かれた
豊臣天守をモデルに、高さ54.8m、鉄筋コンクリート造で再建された
復興天守

大阪城天守としては3代目(Jソウ・・・何でもない)に当たるこの建物、
初代はご存知の通り大坂夏の陣で焼失(約31年間)、
2代目の徳川天守は寛永5(1665)年、落雷を受けてこちらも焼失(約40年間)、
一方この3代目J・・・天守は戦火も乗り越え89年目を迎えており、
実は在世最長記録更新中だったりする。

営業情報
開館時間:9:00~17:00(桜のシーズンゴールデンウイークは延長あり)
休館日:12月28日~1月1日
料金:大人600円、小人無料
大阪歴史博物館・大阪水上バスとのセット券あり
その他入館料免除の場合あり

天守台に取り付けられた石段を登り、入口を目指します。
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身体が不自由な方、足腰に不安があるという方も、ご安心ください
身障者用エレベーターが天守台横と館内1~8階(最上階)まで、
一般客用エレベーターが天守内1~5階まで設置されています。
(外観を損なう、という異見は無しで♪)
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このまま天守内へ突入したいところですが、ちょっとお待ちを
天守台にも、一つ見所があります。
それがこの金明水井戸屋形(きんめいすいいどやかた)

天守台直下に湧き出す井戸・金明水(きんめいすい)を覆う
屋根の部分を「屋形」と言い、高さ5.2m、面積11.55㎡。
戦後の学術調査により寛永3(1626)年に創建され、寛文5(1665)年の
天守焼失の際にも類焼を免れたと特定されている、貴重なもの。
こちらも重要文化財
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ここで一つ発見。
「金明水井戸屋形」の上、屋根の四隅に載せられた
古来よりは「魔除け」、「厄除け」として珍重されており、
徳川氏も城の再建・屋形の創建に当たってゲンを担いだのかも知れません。

こうして「井戸屋形」が今に残されているのも、あるいはの効能か?
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「金明水井戸屋形」の下、ポッカリ口を開けているのが金名水(きんめいすい)

深さ約33m、天守台上から底まで届く井筒は1個の石を
くり抜いて造られ、台上の「流し」は4枚の大石を組み合わせたもの。
「太閤秀吉公が水の毒気を抜くために黄金を沈めた」という伝説が有るそうですが、
実際には徳川再建時の寛永元(1624)年の開削だそう。
夢は無かった
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とうとう天守閣入口までやって来ました!
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間近で見上げると、スゴい迫力!

入ってスグの天守台内(1階)は、エントランスホール
その周囲に築城主・豊臣秀吉と大阪城に関する映像を
日・英・中・韓4か国語で放映するシアタールーム
館内や大阪観光の情報を発信するインフォメーションコーナー
お土産処・ミュージアムショップが展開されています。

2階は大阪城や城郭に関する基礎知識を解説したパネル展示
そして・・・
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ドドン!
2階へ上がって真正面で出迎えてくれるのは、天守閣を飾る装飾の数々!
・・・のレプリカ。
手前が天守のシンボル、最上部の大棟に飾られた鯱瓦(しゃちがわら)、
その原寸大模型。
高さ2m19cm、前後幅1m10cm、左右75cm、重量400kg。
平成8(1996)年の修復工事で上げられた実物は
青銅製の鋳物に3度押しの金箔3360枚を貼り付けたという、豪華なもの。

かつて天下の人々を驚かせた華美なる装いは、現代の職人たちの手によって
守り継がれています。

一方右奥に見えているのは、菊紋破風飾り
天守1層部分、大破風(だいはふ)という巨大な飾り屋根に
取り付けられた装飾品。(天守閣の写真を良く見ると、それらしい飾りが確認出来ます)
直径90cm、厚さ5.5cm。こちらも銅板金箔
二度押しするという手法が採られています。
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浮き出るような立体感と際立つ存在感を見せてくれるのは、
最上層の腰部分を飾る伏虎(ふくこ)の模型。
高さ1.5m、幅3.3m。
豊臣時代の天守には、外縁腰部にこの「伏虎」が描かれていましたが、
大坂夏の陣で天守もろとも焼失

昭和6(1931)年の復興により316年ぶりに復活し、
四方に睨みを利かせています。
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2階に設けられた、記念撮影コーナー。
太閤・豊臣秀吉公はもちろん、真田幸村(信繁)、加藤清正、後藤又兵衛、
黒田官兵衛といった人気武将たちのレプリカ兜が用意され、
これを被っての記念撮影が可能。(子供サイズの「秀吉兜」有り)
これで気分は戦国武将?

ここから上、3階・4階の展示室は撮影禁止
なので文章でご紹介させて頂きますと、
両階ともメインとなるのは歴史資料の数々。
その中でも目立ったのが豊臣治世下で取り交わされた公式文書。
中には秀吉公やその親類、有力武将たち直筆の手紙も有り、
歴史好きの私、大興奮!

大坂城の前身となる石山本願寺に関する資料も豊富で、
城域の地下深くに閉じ込められ実態の掴めない遺構の、
微かな手がかりと成り得る貴重な展示でありました。

一方観覧者みんなの目を楽しませてくれるのが、豊臣・徳川両期の
大坂城を再現した復元模型
豊臣大坂城はその実像がはっきりしていないため推定復元となっていますが、
二つの模型から両家が築いた巨大城郭の趣を楽しむことが出来ます。

そしてもう一つ、豊臣秀吉公が造らせたと伝わる
黄金の茶室の復元模型!
メッチャ楽しみにしていたのですが・・・保存上の理由か、
照明が暗くてよく分からない
とまれ、絢爛豪華な安土桃山文化を象徴する造り物の
復元品、一見して損は無いかと思います。
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5階から撮影解除。
5~7階に掛けては階段部分の周囲を巡る形で
「回廊」と称されるスペースが設けられ、各種展示が為されているのですが・・・
人が多すぎて観られない
さすが人気城郭、恐るべし。

てな訳で、やっとこさ最上階・8階へ。
廻縁(まわりえん、建物の周囲に巡らされた縁側)と高欄(こうらん、転落防止用の手すり)を設けた
展望台へ出てみると・・・
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ご覧の眺め!
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大阪城内や遠近のビル群が一望の下!
上下に視野を妨げない範囲で網が張られており、気持ちの良い風の中、
安心して360°の景色を楽しむことが出来る!筈なのですが・・・
やっぱり人が多い

えー当記事をご覧の皆さま、大阪城は国内外から多数の観光客や
地元の方々が押し寄せる、一大観光地・行楽地でございます。
特に週末ともなれば受付に行列が出来上がるほどの混雑となるため、
譲り合って楽しみましょう
・・・もっとじっくり見たかった~!(土曜日という、「最悪」のタイミングで訪れた私も
いけないのだが)
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てな訳で、「どこに何が在るか」がハッキリ分からなかった為、
分かる部分だけザックリと記述。
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画面中央付近を流れる大川は、大阪市街を貫く大河・淀川から分岐。
オフィス街のド真ん中・中之島を通って堂島川安治川(あじがわ)と名を変えながら
大阪湾へと注ぎ込む、水上交通の要所
淀川の旧河道でもあります。
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建物へ目を向けてみれば、金箔押しの優美な
こちらも腰部の「伏虎」同様、豊臣大坂城の天守を元に復元されたもの。
風をまとった雲とともに、舞い飛ぶ。

豊国公による築城から430年あまり。
姿を変え、周囲を取り巻く環境も大きく変転しましたが、現代の人の手で
甦り、大切に守り伝えられている天守閣。
大きさが違うとか
豊臣とも徳川とも言い切れないどっち付かずな外観とか
個人としてツッコミたい所はあるものの、
こうして巨城・大坂城の姿を思わせ、城郭建築の美しさ、壮大さを伝えてくれていることは、
とても意義深いことと思います。

次回は大阪城編最終回!
イイ感じに終わるかと思いきや、この巨大城郭に隠された秘密を暴きながら
外郭部分を目指します。
それでは!

参照:「大阪城天守閣」公式サイト
    城内・天守閣内説明書き
    週刊朝日MOOK「歴史道」vol.3
    Wikipedia
 

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。