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釧網本線~景色美し、列車旅!~

10.30 wednesday
道東旅3日目。
この日は網走を発ち、太平洋岸の釧路を経由して内陸の観光地・
阿寒湖を目指します。
釧網本線 1
朝6時台、網走駅
オホーツク観光の拠点となる駅ですが、まだ列車が動き出して間もない時間。
街ともども、静けさと澄んだ空気に包まれています。
釧網本線 2
駅前では、かつてオホーツク地域に居住した、モヨロ人の銅像がお見送り。

6~10世紀の間にサハリン(樺太)から渡来した彼らは、
オホーツク海沿岸部を中心としたオホーツク文化を形成。
クジラやトド、アザラシなどの海洋生物を生活の糧とする海洋狩猟民で、
網走川河口付近で発見されたモヨロ貝塚は、
彼らの痕跡を辿る貴重な遺跡となっています。

さて、今回乗車致しますのは、釧網本線(せんもうほんせん)
開業は大正13(1924)年。当初は網走と厚岸(あっけし。釧路と根室の間、太平洋岸に位置する)を
結ぶ路線として計画されていましたが、その西に位置する釧路の発展が著しいことから、
太平洋側の起点を釧路に変更して起工されました。
(工事には、囚人も動員されたそう。ここにも負の歴史が・・・)

建設工事と路線の開業は網走側、釧路側双方から順次進められ、
昭和6(1931)年に残る川湯(現在の川湯温泉駅)-札鶴(さっつる、現在の札弦駅)間が
完成、同時に網走本線(後に他の路線に分割・吸収され、消滅)網走―札鶴間が
編入され、全通の日を迎えました。

現在では路線延長166.2km、駅数26。
路線内には全線直通列車の他、網走―知床斜里・緑駅や
釧路-摩周・川湯温泉駅を結ぶ区間列車が運行されています。

沿線には知床や摩周、川湯温泉といった観光地が点在する他、
オホーツク海斜里岳硫黄山アトサヌプリ)に釧路湿原といった
自然の景観が広がり、町と町を結ぶ地域の足としてだけでなく、
沿線に知床や摩周地域、摩周温泉や川湯温泉といった湯治場が点在、
季節によってSLやトロッコ列車などの観光列車が運転されることから
観光路線としての性格も帯びています。
(ただし全体的な利用率は低調気味で、路線の存廃問題も持ち上がっています)
釧網本線 3
2番ホームに釧路行き普通列車が入線すると同時に、改札開始。
乗り込む車両はキハ54形500番台

昭和61(1986)年、翌年に控える日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に先立ち、
脆弱な運営基盤が予想される四国・北海道地区の車両更新の負担を
減らすため、開発・製造されました。

特徴としては、従来の普通鋼から軽量・丈夫なステンレス車体への変更、
エンジンを2基搭載して出力に余裕を持たせることで、
多様な線区・線形での運用が可能となったことが挙げられます。
また一部の車両では、機器の一部に廃車発生品を流用したり、
バス用部品を採用する等、コストダウンも意識した設計が為されています。
(当時の国鉄が真っ赤っかな状況だったのも、
シンプル&コストダウンの設計思想を後押ししたことでしょう)

キハ54形には、四国向けの0番台と北海道向けの500番台が存在していますが、
・乗降扉・・・0番台は2つ折り、500番台は横引き(寒いからね!)
・車両前面の排障器(スカート)・・・0番台は無し、500番台はあり(シカが出るからね!)
・客室窓・・・0番台は2段式、500番台は1段でかつ二重窓(寒さ対策!)
・トイレ・・・0番台は無し、500番台はあり(長く走るからね!)
・冷房装置・・・0番台はあり、500番台は無し(四国ほど暑くないからね!)
と、地域事情に合わせた仕様の違いが存在します。
もちろん北海道仕様の車両は耐寒耐雪構造完備、
シカ除けのためのホイッスル(いわゆる「鹿笛」)も装備しています。

釧網本線 4
では、車内へ参りましょう!
と思いきや、現れたのは乗降デッキ

通常一般車両は観光列車や速達列車、グリーン車等を除けば
客室と乗降ドアを仕切るデッキは存在しないものですが、ここは北海道
「しばれる」冬の寒さから乗客を守るべく、仕切りが標準装備されています。
(札幌都市圏では、デッキを省略した車両も増えていますが)
釧網本線 4.5
キハ54形運転台。
今時の車両では見られない、計器類が並ぶアナログなレイアウト。
車両の制御は、一つの制御器で加速とブレーキを兼ねる、
ワンハンドルマスコン(マスコン=マスターコントローラー)
でしょうか?
(運転士さんの邪魔にならないよう、使用されていない後方の運転台を
撮影しています)
釧網本線 5
客室内は、2+2配列のクロスシートと、横並びのロングシートが
7:3の比率で配置された、セミクロス構成。
頑丈な客室窓、前後を挟む仕切りも相まって、普通列車というよりは
急行列車にでも乗っているかのような気分。、
500番台の中には、宗谷本線の急行列車に充当されていた、
「急行仕様」も存在しているそうな)
釧網本線 6
景色をじっくり堪能したい私は、もちろんクロスシートを選択!・・・と、
何やら一般車両らしからぬ座席が並んでおりますな。
それもそのはず、北海道のキハ54のクロスシートには、
あの「夢の超特急」、初代新幹線・0系からの廃車発生品
使用されているのです!

この記事をご覧の方々には、「ああ!」とお気づきになる方もいらっしゃるかも知れません。
もちろん200km/hオーバーでビュンビュンかっ飛ばしていた当時のままでは無く、
背面テーブルや座席を仕切る肘置きはオミットされているものの、
「国鉄らしさ」が感じられる佇まいは健在!

道内の長距離・長時間移動も苦にならない、「ちょっと贅沢」な列車旅が楽しめます♪
釧網本線 7
この車両の座席モケットは、道東地域の海を想起させるブルーがベース。
その表面には、北海道に生息する様々な鳥たちが描かれ、
背後の模様と合わせて明るく、ポップな雰囲気に仕上げられています。

実はこの車両、根室本線釧路~根室間(通称花咲線)向け車両であり、
この可愛らしい内装も同線向けの特別仕様なのですが、
こうしてしばしば釧網本線にも「出張」して来る模様。
釧網本線 8
天井部分には、エアコンに代わって乗客に涼を与える扇風機。(これまたレトロ!)
その真ん中には、JNR(日本国有鉄道)の文字が!

JR化間近に登場した車両ではありますが、そこかしこに
「昔懐かしい」香りが感じられ、とってもgood!
釧網本線 9
6時41分、キハ54は、エンジン音を響かせながら網走駅をゆっくりと離脱。
いよいよ大自然が待ち受ける、釧網本線の列車旅が始まりました!
釧網本線 10
発車後しばらくは、網走市街を走行。
住宅街のド真ん中に設けられた桂台駅を過ぎると、
車窓には次第にが増えて行きます。
釧網本線 11
しばらく進むと、進行方向左手にオホーツク海の海景色が展開!
日本の鉄道では今や釧網本線のみ眺め得る、酷寒の海。
冬にはこの沿岸に流氷が押し寄せ、唯一無二の光景が展開されます。
釧網本線 12
穏やかな波が、波打ち際を洗う。
釧網本線 13
海を間近に眺める北浜駅を過ぎると、
海とは反対方向に濤沸湖(とうふつこ)が出現!

面積9.25k㎡、周囲27.3km、最大水深2.5m(けっこう浅い!)の汽水湖
周囲を湿地帯に囲まれた水場には、季節ごとに様々な野鳥が飛来。
また水辺には多様な花々が群生し、バードウォッチングや木道散策が楽しめるそう。

緑豊かな環境と渡り鳥が飛来する貴重な湿地帯が残されていることから、
平成17(2005)年にはラムサール条約登録地となっています。
釧網本線 14
湿原、そして
広々としたの下、北海道らしい景色。
釧網本線 15
再び海沿いを走る。
釧網本線 16
列車が斜里町(しゃりちょう)へ入ると、知床地域を代表する名峰・
斜里岳(しゃりだけ)が登場!
標高1,547m、知床火山群阿寒火山群のほぼ真ん中、
知床半島の付け根付近に位置する死火山

頂部は斜里岳南斜里岳西峰の3つのピークから構成され、
オホーツク海側からは「オホーツク富士」、「知床富士」の
二つ名に相応しい独立峰型、阿寒方面からは複数の峰が連なるように見え、
見る角度によって異なる眺めが楽しめるそう。

山、そしてその麓に広がる町の名となっているシャリですが、
アイヌ語で「葦のある湿原」を意味する「サル」が訛ったもの。
(霊長類や某天下人を指している訳ではない)
古くは「親山」を意味するオンネヌプリと呼ばれていました。
釧網本線 17
斜里岳を眺めながら、知床斜里駅に入線。

豊かな大自然広がる世界遺産・知床への玄関口。
ここから知床半島を目指す観光客が下車。
入れ替わるように清里町(きよさとちょう)などに通学する学生たちが乗車し、
ローカル然としていた車内は、束の間の賑わいに包まれます。
釧網本線 18
知床斜里駅から先、知床半島の付け根を横切る形で
釧網本線は南へとターン。
ここから清里町・緑駅(みどりえき)に掛けては、左手に斜里岳が見え隠れ。
釧網本線 19
緑駅川湯温泉駅間は、野上峠(のがみとうげ)に挑む峠越え。
峠のピークに掛けて登り坂、そこから下り坂が長く続き、
キハ54も2基のエンジンをフル稼働
黄色に染まる峠道を越えて行きます。
釧網本線 20
運転席後方のデッキより。落ち葉降り積もる坂道を、力強く登る。
釧網本線 21
下り坂を下りた先に、真っ赤な三角屋根が見えて来ました。
ここは川湯温泉駅

駅舎は昭和11(1936)年築という歴史あるもので、
ヨーロッパ・アルプスのロッジをイメージした木造建築。
近くに御料地(皇室所有の山林)が在ったことから
駅舎内に貴賓室が設けられ、
賓客の休息所としての役目を終えてからは、
レストラン・オーチャードグラスの客席として再利用されています。
(ここで食事orティータイムを楽しみたかったのですが、時間が合わず・・・無念)

またバスで15分ほどの距離に川湯温泉の温泉街が広がり、
殺菌・保温効果とピリピリ感覚が楽しめる(?)、強酸性温泉の
湯治場となっています。
釧網本線 22
網走駅を出て1時間54分、「途中下車ポイント」・摩周駅(ましゅうえき)に到着!
次の列車までは3時間30分。
この時間を使い、ふらっと摩周散歩に出掛けましょう!

が次々と現れる変化に富んだ車窓風景、
観光地へのアクセス口となる情緒ある駅舎。
「観光路線」の名に恥じない、魅力に満ちた釧網本線の鉄路。
この路線が存続の危機に立たされているという事実が、実に惜しい

地域の足として、観光の足として、美しき鉄路を保つためにJR北海道には
是非とも積極的、進歩的な打開策を打ち出してほしいもの。
モータリゼーションが普及した現代、飛行機、高速バスと都市間移動の
選択肢も豊富に存在していますが、時には「原点」へと立ち返り、
「車上の旅人」となることでもって、支援策と成し得るのではないでしょうか。
(鉄旅いいよ~!)

次回は観光地への玄関口であり「湯の町」でもある、摩周の町をお散歩!
釧路川沿いに開けた町の情景を楽しみながら、
「道の駅」で一休み。「ご当地グルメ」もお届けします♪
それでは!
釧網本線 23
あっ、二ポポ!

参照:山と渓谷社 「北海道の鉄道旅2019」
    小清水町観光協会
    清里町 ホームページ
    北海道観光公式サイト GoodDay北海道
    Wikipedia

コメント

こんばんは。

初代新幹線……。
たしかに、東京~京都間を何度も乗ったことがあります。
残念ながら、座席までは覚えていません。
線路沿いから見えるオホーツク海……。
何度見ても、いい景色です。
オホーツク海が見えると、ホッとします。
原生花園駅で下車し、浜辺や濤沸湖の周りを何度も散策しました。
はじめて、この路線に乗り、オホーツク海から離れていくと、こんなところにも人が住んでいるのだ、と思っていました。
いまは、開発が少しは進んだようです。

こんばんは

コメントありがとうございます。

実は私、0系の乗車経験が無く、引退まで
眺めるだけに終始しておりました。
今回図らずもその座席を利用する機会に恵まれ
ましたが、「新幹線座席」としてのそれにお座りに
なられたというのは、羨ましい限り・・・

今回は天候にも恵まれ、美しく澄んだ
オホーツク海を眺めることが出来ました。
私もいずれ、海辺の駅で降りてみたいものです。
山間部では人家のまばらなところもありましたが、
その麓となる弟子屈や清里町界隈は、
結構「開けている」印象でしたね。

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。