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「なすの」の車窓から ~大都会から高原へ、移り行く景色を楽しむ~

先月25日、アメリカ・ミネソタ州の都市ミネアポリスにて
警官数名が黒人男性ジョージ・フロイドさんに暴行を加え、
窒息死させた
という事件。

市民を守るべき立場の警官の「力」があろうことか市民に、
それもこれまで虐げられることの多かった黒人に向けられたという事実は、
「力」を持つ者に、あるいは今年に入って猛威を振るう新型コロナウイルスによって
抑圧されてきた人々の心に火をつけるには、十分すぎるものでした。

かくして事件の翌日ミネアポリスから始まった抗議活動は、
燃え広がるのごとく瞬く間に全米各地へと
拡大し、今や世界中へと波及しつつあります。

移民を受け入れ発展して来たアメリカ合衆国という国に、
あるいはこれまでの人類史に影を落としていた、「人種」という壁、
そしてその壁を前に繰り返し問い掛けられてきた、「人の尊厳」。

暴力を伴い「コロナの脅威」を軽んじた抗議行動の是非は別として、
人種の垣根を越え、地の底から湧き上がるような数多の声は、
これまで「権力者たち」が目を逸らし、先送りにしてきた問題の数々に、
「向き合え」とうながす問い掛けのようにも思えます。

対話か、武力による鎮静化か。
未曽有の危機の中、人類の「進歩」と「友和」への覚悟が
問われています。


さて、昨年より長~い「中断期間」を挟みながらもお届けしてきた
「道東旅」も、今回がついに最終回
既に北の大地は離れて関東上陸を果たした後では
ありますが、旅路の締め括りといたしまして、
東京都心から栃木県・那須塩原へと至る「高速鉄路」の
車窓をお届けいたします!
E6系 1
東京の北のターミナル・上野駅

都心から北を目指す鉄路の始まりは地下ホーム・20番線から。
私を運んでくれるのは、東北新幹線を各駅停車で結ぶなすの号!

今回乗車するなすの255号は、秋田新幹線E6系と、
東北新幹線の主力車両・E5系を併結した17両編成。
(郡山方がE6系、東京方がE5系

9時22分、なすの255号上野駅20番線を離れ、
都心を貫く地下トンネルへと走り出しました。
なすの車窓 1
しばらく地下を進んだ列車は、在来線日暮里駅付近から、地上へ。
窓の外には、どこまでも商業ビルやマンション、住宅が続く、東京らしい風景。
なすの車窓 2
右手後方には、ロウソクのように突き出たスカイツリーの姿も!
なすの車窓 3
急カーブの連続する都心部。
110km/h制限を受けながら、列車は荒川を横断。
東京都から埼玉県へと入ります。
なすの車窓 4
さいたま新都心付近では、さいたまスーパーアリーナの真横を通過。
近未来的なビル群をかすめたなすの号は、間もなく埼玉県下一のターミナル駅・
大宮駅へと入線します。
なすの車窓 5
9時42分、大宮駅発。
ここまで線路を共有していた上越北陸新幹線は大宮から分岐。
新幹線では珍しい複々線が続いた後、新潟・高崎方面へ向けて
針路を変え、一気に遠ざかって行きます。
なすの車窓 6
大宮駅から東北新幹線スピードアップ!
E5E6系の性能限界には及ばないものの、
なすの号では最高速度となる275km/hを目指し、グングン加速して行きます!
なすの車窓 7
あっという間に栃木県に入った、なすの号
車窓からはお椀を伏せたような形の男体山(なんたいさん、標高2,486m)、
仲良く並ぶ大真名子山(おおまなこさん、2,375.4m)、
小真名子山(こまなこさん、2,322.9m)、
優美な姿を見せる女峰山(にょほうさん、2,483m)等の日光連山の山並みが!
なすの車窓 8
10時頃、栃木県都・宇都宮市へ突入!
宇都宮駅では3分ほど停車し、仙台行きやまびこ131号
山形県・新庄行きつばさ131号の併結列車を待避します。
なすの車窓 9
宇都宮駅を出ると、再び車窓が変化。
進行方向左手にまず現れるのは、鶏頂山(けいちょうざん)を主峰として
日光市、塩谷町(しおやまち)等に跨る火山群・高原山
(たかはらやま、最高1,794.9m)
なすの車窓 10
続いて那須のシンボル・那須連山(那須岳)が見えてくると、
下車駅となる那須塩原駅はもうすぐ!
那須塩原市街を駆け抜けながら、列車は徐々にスピードを落として行きます。
なすの車窓 11
10時9分、目指す那須塩原駅に到着!
この駅で北海道・新函館北斗駅まで突っ走るはやぶさ13号を待避した
なすの255号は、新白河、そして終点となる郡山駅を目指します。
なすの車窓 15
新幹線に合わせ、近代的な高架駅舎となっている那須塩原駅
明治31(1898)年、日本鉄道(にっぽんてつどう)「東那須野駅」として開業。
明治39(1906)年に国有化され同42(1909)年に東北本線所属となりますが、
かつては塩原温泉郷への玄関口となる西那須野駅
「直流」と「交流」の境界駅であり、特急停車駅でもある黒磯駅に挟まれ、
急行列車も通過する目立たない存在でした。

そんな脇役が脚光を浴びることとなったのが、昭和57(1982)年の
東北新幹線開業
温泉地や観光スポットが点在し、避暑地として人気の有る那須・塩原地域へアクセスする
新幹線停車駅として「東那須野駅」が選ばれ、
紆余曲折の末那須塩原駅へと改名
大出世を遂げることとなったのです。

以後那須野・塩原温泉郷へのアクセス拠点として国内外から観光客が訪れる他、
那須御用邸へと向かわれる皇族の方々がご利用になる、
重要な駅となっています。
なすの車窓 16
そんな那須塩原駅前に鎮座する、巨大な

これは鎌倉時代の建久4(1193)年、
那須地域で鎌倉幕府の開祖・源頼朝(みなもとの よりとも)が
有力武将や多数の勢子(せこ)※、兵士たちを動員して開いたという狩に由来する、
黒磯巻狩鍋という鍋料理に用いられる
大将鍋と呼ばれる大鍋で、直径7尺(2.2m!)という巨大なもの。

毎年10月に那須塩原市域で開催される那須野巻狩まつりでは、
狩の後に将軍頼朝を始めとする参加者たちが鍋を囲む様子をイメージし、
大小10個の鍋で9,000食もの鍋料理が振る舞われる(有料)そう。

※勢子・・・狩猟の際、獲物となる鳥獣を狩猟犬などを使って狩場へと追い立て、
       あるいは逃走を防ぎ、弓矢を携えた射手が仕留めるのを
       助ける役割を担った人々。

この後勤務先が手配したバスに宿泊客の方々とともに乗り込み、
なすの車窓 17

なすの車窓 18
渓流沿いに塩原温泉郷へ!
旅の終わりはもうすぐ!

利尻島を出てから実に9泊10日
網走、阿寒湖、釧路(ついでに摩周にも寄り道)を巡り、数々の交通機関を
利用した大旅行もついに締めくくり!
今後しばらくこのような旅が出来る見込みは残念ながら無さそう(お金と時間が・・・)ですが、
北の大地を駆け抜け、海原を渡った「旅の記憶」は、長く私の心に
宿り続けることでしょう。

いつの日か、旅路を辿れる日を願って。

旅路から半年あまり、長きに渡った「道東旅」を、ようやくまとめ切ることが出来ました!
中断期間を挟みながら、あるいは途中からお読みくださった
皆様、誠にありがとうございました!

さて、達成感に浸る間もなく続いてまいります当ブログ、
次回からは栃木編と題しまして、
埼玉県へ引っ越す前に居住&働いていた温泉地・那須塩原と、
訪れ、また一時滞在していた県都・宇都宮市の名所を、
数回に亘ってお届けいたします。
それでは!

観光利用が主体となり、昼間は毎時1本ほどしか停車しない那須塩原駅
それ以外の大部分の列車は通過となり、
向かい合うホームから離れた通過線を・・・
なすの車窓 12
つばさやまびこ(速達タイプ)
なすの車窓 13
はやぶさ
なすの車窓 14
こまちといった列車が275km/h~320km/hもの高速で通過して行きます!
緩やかなカーブを轟音と風を立てながら突き進む姿が、たまらない!

参考:時刻表 JR東日本
    Wikipedia
    那須塩原市 公式ページ
    コトバンク

   

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。