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栗橋地区2 ~偉大なる大河を眺めて~

ここ最近思い悩むことが多く、一時精神バランスを崩しかけた
(いわゆる「病んだ」状態)こともありましたが、
昨日煩い事の一つを片付け、気持ちも新たに
PCと向き合っております、ac802tfkです。

さて、前回より埼玉県久喜市の一角、宿場町の名残りを留める
「栗橋地区」を巡っているところですが、今回はその続き!
江戸の昔から町を見守り続けている鎮守の社と、
日本有数の大河・利根川の姿をお届けいたします。
栗橋 15
「旧栗橋宿」の町並みを抜け、
栗橋 17
「栗橋関所址」の碑の横を通り過ぎ・・・
栗橋 2-1
辿り着いたのは、八坂神社(やさかじんじゃ)

創建は安土桃山時代~江戸時代初めの慶長年間(1596~1615年)の頃。
高天原屈指の武神・素戔嗚尊(スサノオノミコト)を御祭神として、
栗橋地区の鎮守の神様・社として時を刻んできた場所。

境内には樹齢300年を超えるケヤキを始めとする
自然が残され、「八坂神社社叢(しゃそう)ふるさとの森」として
神職の方や地元の人々によって、大切に守り継がれています。
栗橋 2-2
社殿へ向かう参道の脇、ガラスで外気から守られ
大切に保管されているのは、神輿(みこし)

神幸祭(じんこうさい)と呼ばれる夏祭りで
用いられる神輿で、幕末の文久3(1863)年に造られたことが
解体修理の際に発見された棟札によって確認されています。

その高さ1.97メートル、神輿の重さを支え移動手段ともなる
車輪・「台輪」は1.41メートルあり、
これは関東圏内に現存する神輿でも大型の部類であるそう。

明治19(1886)年、東北本線(宇都宮線)利根川鉄橋完成の折には
ここ栗橋に明治天皇が行幸遊ばされ、
男衆に担がれたこの神輿が利根川を渡御する様を
ご覧になられたと伝えられています。
栗橋 2-3
参道を奥へと進むと、御祭神・素戔嗚尊を祀る社殿が
見えて来ました。

現在栗橋の八坂神社は「利根川堤防強化対策事業」に合わせ、
栗橋宿の一部を含む利根川沿いの家屋同様
移築工事の真っ最中。
来年3月の敷地移転まで簡素な仮宮での
祭祀が執り行われます。
(以前ここを訪れた時には、本殿の場所は仮宮も無いがらんとした
「空き地」と化していました。それと比べるとまだ「神社っぽい」・・・かな?)
栗橋 2-4
栗橋の「八坂神社」には、ほかの神社とはちょっと違った点があります。
それがこちら!
通常狛犬や狐などが置かれている「神使」の位置で
社殿を護っているのは、なんと(コイ)

その背景に在るのは、神社創建にまつわる物語。
安土桃山末期~江戸時代初めの慶長年間(1596~1615年ころ)、
利根川流域は洪水に見舞われました。
今にも溢れそうな水を少しでも押しとどめようと
試みた住民たちが堤防に上がったところ、
荒れ狂う水流の中を何かを護るように泳ぎ進む
鯉と亀の群れがやって来ました。

そこで住民たちが「何か」を引き上げたところ、
水生生物たちに守られていたのはなんと、
「元栗橋」の社で祀っていたご神体!

水に揉まれたハズのご神体は鯉魚泥亀による守護の賜物か
傷一つなく、これを幸事と感じた栗橋の住民たちは
この地に社を勧請し、これがここ八坂神社の始まりとなったそう。
(洪水の被害がどうなったのかが気になる・・・)

このことからここでは鯉を招福・厄除の霊験あらたかな
神の使いとして丁重に敬い、
触れることで無病息災・家内安全・商売繁昌・縁結び・
学業成就などのご利益が得られるとか。
(・・・亀はどこ行った?)
栗橋 2-5
敷地のさらに奥には、太い幹とたくましい枝、
青々とした葉を茂らせたご神木が聳えています。
栗橋 2-6
特に説明はなされていませんが、このご神木
樹齢300を超えるというケヤキの木でしょうか?
栗橋 2-7
仮宮の手前、摂末社として控えるのは、
誉田別命(ホムタワケノミコト、皇統第15代・応神天皇の神号)を祀った
八幡神社(左)と、
最高神・天照大神(アマテラスオオミカミ)を奉祀する皇大神宮(右)

これらの祠の前には・・・
栗橋 2-8
びっしりと願い事が書かれた、大きな絵馬
真っ直ぐな内容から欲望丸出しな物まで、
なんだか人間という生き物の在り方を凝縮したような
願いの数々が詰め込まれています(笑)
栗橋 2-9
参拝を終え、丘のように隆起した利根川堤防の上へ。
栗橋 2-11
振り返れば、栗橋の町をぐるりと見通せるステキな眺望♪
栗橋 2-10
堤防の上に出ると、悠々と流れる利根川
広々とした河川敷が見えて来ました!
栗橋 2-12
関東一の大河・利根川
群馬県北部の大水上山(おおみなかみやま、標高1,840メートル)を源とし、
吾妻川(あがつまがわ)、渡良瀬川(わたらせがわ)、
鬼怒川(きぬがわ)等を呑み込みながら、
印旛沼(いんばぬま)、霞ケ浦といった湖沼を経て
千葉県銚子市で太平洋へと注ぎ込む。

全長322kmは信濃川(367km)に次ぐ国内第2位
群馬・栃木・埼玉・茨城・千葉・東京の一都五県・1万6,840㎢に及ぶ
流域面積は日本一!

その流域面積は日本の国土総面積(およそ37万7,873㎢)の
実に4.5%を占め、日本の総人口の十分の一相当の
約1,279万人が居住しています。

古くは福岡県・筑後川(筑紫次郎)、高知県・徳島県を渡る
吉野川(四国三郎)と並び坂東太郎と称され
東京湾へと注ぎ込む流路を取っていましたが、
江戸時代に江戸の防備・新田開発・治水といった理由から
幕府による流路変更が行われ、
現在へと至っています。

太古の昔から大地を潤し、人々に豊穣と試練を与えて来た、
天与の流れ。
人の手によって付け替えられたものの、
今も変わらず坂東(ばんどう=関東の古い呼称)の沃野を
洗い続けています。
栗橋 2-13
その存在感と重要性から、古くは国境、近代以降は県境としても
利用されて来た利根川
先ほどの画像に写っていた橋の上を歩けば、
その先にはお隣・茨城県との県境!
栗橋 2-14
折角なので、県境をまたいでみる(笑)
右半身は茨城県、左半身は埼玉県。なんだか面白い♪
(もちろん歩いて両県を行き来することも出来ます!)
栗橋 2-15
遠くに見えているのは、茨城県中部に鎮座する独立峰・
筑波山(つくばさん、標高877m)でしょうか?

思い付きで足を延ばした、栗橋の町。
交通網と移動手段が発達した現代では「通り過ぎる場所」となっている
町ですが、そこには交通の要衝として発展して来た町ならではの、
歴史と物語が潜んでいました。

歴史好きの方、散策好きの方、関東にお住まいの場合は
一度お訪ねになるのも良いかも知れません。

次回記事のネタはまだ「仕入れ前」の状態となっていますが、
「シルバーウイーク」を利用して、県内有数の観光地・
川越市にでも出掛けてみようかと思案中。
続報をお待ちくださいませ!
それでは!
栗橋 2-16
栗橋駅で「お土産」として購入した、埼玉柚子ぜりー
栗橋 2-17
果実を含みしっとりとした食感のジュレは、
柑橘類ならではの甘味と酸味、柚子の風味と香りが閉じ込められた、
素敵な一品でした♪

参考:八坂神社説明書き
    コトバンク

Twitter:https://twitter.com/Nori86651955

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。