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川越歴史散歩5 ~川越城本丸御殿・老中詰所~

4回に渡ってお届けして参りました「川越歴史散歩」、
今回で最終回!
次回以降はさいたま市岩槻地区へとシフトする訳ですが、
今記事では「川越城本丸御殿」の続きといたしまして、
現存御殿の一角、「老中詰所」を取り上げて参ります。
家老詰所 1
かつての本丸御殿の姿を描いた「本城住居絵図」。
今回向かう「老中詰所」はその右上部分、
矢印で示した場所に当たります。
家老詰所 2
こちらが老中詰所

藩の「主」といえば言うまでもなく領国を預かる藩主ですが、
大名家の当主であり数多の家臣を預かる彼らには、
江戸と領国を行き来する参勤交代※が命じられており、
実際藩政を取り仕切っていたのは、
「No.2」となる家老たちでした。

この「家老詰所」は名前の通り藩の実務を一任された
家老たちが常駐する場所で、
ここで藩政についての合議や政務が
執り行われていました。

建物自体は明治初期に解体された後、
福岡村(現 ふじみ野市)の商家へと移築されていましたが、
昭和62(1987)年に川越城の遺構であることが確認され、
所有者より川越市に建物を寄贈。

当時とは位置が異なるものの平成2(1990)年に
玄関・広間部分の隣接地へと移築され、
一般公開されています。

※参勤交代(さんきんこうたい)・・・江戸時代、大名が一定期間江戸に参勤した制度。
江戸へ上ることを「参勤」、領国へ帰ることを「交代」と称する。
3代将軍家光の時代に制度化され、江戸と領国を一年ごとに行き来した。
(関東の譜代大名は半年ごと、水戸藩主や老中などの幕府要職に
就いていた大名は、江戸常駐などの例外もあった)

この制度は幕府に抵抗し得る外様大名の力を削ぐ
狙いがあった他、大名行列が通過する街道沿いや江戸の、
また江戸から様々な文物を持ち帰る国許の、
文化的・商業的発展という副次的効果をもたらした。
家老詰所 3
右手に中庭、左手に庭園を眺めながら、
渡り廊下を進む。
家老詰所 4
「家老詰所」の見取り図。
内部は最奥の「家老詰所」を始めとして7つの部屋に区切られ、
廊下が2ヶ所、入側(いりがわ、書院造りの建物で、濡れ縁と座敷の間に設けられた
1間(いっけん=1.818m)幅の通路)が1ヶ所設けられています。
また廊下を挟んで東西に、雪隠(せっちん、トイレ)も用意されていました。

「家老詰所」の他に町や村の行政を司っていた「年寄」(としより)が詰める
「年寄詰所」、
「記録方」が職務に当たる「記録方詰所」などが
同居し、さながら現代で言うところの役所のような
役割に相当します。
家老詰所 5
玄関付近では板張りとなっていた廊下は、
「家老詰所」では畳敷きとなっています。
家老詰所 6
「家老詰所」内部。
カメラを構えている場所が八畳ほどの年寄詰所
その向こうが家老に面会する人や伺いを立てる家臣等が
膝を進めたであろう二之間(八畳)、
そのさらに奥が藩政の心臓部、十畳ほどの家老詰所となります。
家老詰所 7
「二之間」に隣接する四畳間と、「二之休息所」。
行燈の光がムーディ(笑)な四畳間は家老に所用のある人が
待機した場所で、
「二之休息所」はその奥の「一之休息所」と合わせ、
政務の合間に家老たちが休んだ部屋、でしょうか?
家老詰所 8
「家老詰所」で合議する、川越藩家老たち。
彼らの前に置かれた図面は、幕府が外敵の侵入に備えて築いた
防衛施設・品川台場・第一台場のもの。
(「お台場」の由来)

交易を求める外国籍の船舶が頻繁に来航・接近し、
西洋列強による脅威が高まりつつあった幕末の頃。
川越藩は「御固四家」(川越藩・彦根藩・会津藩・忍(おし)藩)の一つとして、
幕府より江戸湾警備を命じられていました。

嘉永6(1853)年のペリー来航の際には
川越藩は三浦半島一帯の警備を担当し、
ペリーの上陸した久里浜にも川越藩兵が展開していました。
(時の藩主、松平大和守家9代・典則(つねのり)は、
この時に江戸へと向かうペリー一行に同行しています)

図面には「第一台場」の構造と兵の配置が描かれ、
風雲急を告げる時代の緊迫感が、人形たちの表情と
議論の模様から伝わって来ます。
家老詰所 9
「家老詰所」から眺める庭園
縁側に腰掛けていると、心地よい秋風が頬を撫でる。
家老詰所 10
玄関部分に戻りまして、「裏側」廊下の突き当り。
現在の川越市街と川越城の旧城域を重ねた巨大なパネルが
置かれている空間は、中ノ口

間口2間半(およそ4.5m)ほど、正面の玄関よりも一回り小さい
裏玄関のような場所。
正面(写真から見ると左手、パネルの蔭)に見える柱は
半柱と呼ばれる、外からの見た目を整えるための
装飾の柱。

構造上必要のない部材であるため、屋根からの荷重が
掛からないよう設計されているそう。

奥に見えるのは広さ八畳、警備の兵が詰めていたであろう
徒詰所(かちつめしょ)
廊下と屋外双方を見通せる建物隅に置かれており、
窓は大きく開放的に作られています。

「本丸御殿」を後にして、街へ戻ります。
家路に就く人々や車が列を作る通りを抜けて向かったのは・・・
家老詰所 11
川越城中ノ門堀跡

「知恵伊豆」・松平信綱(まつだいら のぶつな)公が藩主となった
寛永16(1639)年以降に築造された城門・
中ノ門脇を固めていた、堀の跡。

「中ノ門」は城の正面口である追手曲輪(おおてくるわ)と
中曲輪の間を繋いでいた櫓門で、
入母屋造と瓦葺きの屋根を備えた二階建て。
1階部分は梁行(はりゆき)15尺2寸(4.605m)、
桁行30尺3寸1分(9.183m)ほど。

棟筋を東西に向け(西が城外方向だったため)、
周囲を土塁・土塀で固めることで、
敵の侵入を防ぐ構えとなっていました。
家老詰所 12
中ノ門堀の仕組みを解説したイラスト。

西大手門から侵攻し、本丸を目指す敵軍。
その前に立ちはだかるのが、中ノ門。
門を含めた虎口(こぐち)付近の通路は
敵兵が直進できないようわざと屈折した形に築かれ、
交互に構えられた堀が、敵の勢いを削ぎます。

そうして適勢の行軍が緩んだところで、
「中ノ門」上や周囲の土塀から鉄砲や矢を射掛けることで、
寄せ手の撃退や援軍到着までの「時間稼ぎ」が
計られていました。

この中ノ門堀(あるいは川越城内の堀)の
特徴として挙げられるのが、
堀の左右で土塁の高さが異なること。

平成20~21(2008・2009)年の整備を前に行われた
発掘調査の結果、深さ7m、幅は18m。
土塁の勾配は東側(城内側)が60°
西側(城外側)が3°という、
対照的な造りとなっていることが判明。

前の写真でもその違いは歴然ですが、
城内側に急勾配を設けることで、容易に敵兵が攻め登れないようにする
狙いがあったと思われます。

平和な世に在ってなお、戦闘を想定した造り。
そこには「島原の乱」で実戦を経験した信綱公の、
経験と思想が反映されているのかも知れません。

さて、城巡りはここまで。
せっかくやって来た川越、ちょっと「グルメ」も味わいたい!
ということで立ち寄ったのは・・・
家老詰所 13
中ノ門堀跡の向かいあたり、
「川越城本丸御殿」や本丸跡に当たる「初雁公園」に
ほど近い場所で商いを営む、
川越菓舗 道灌(かわごえかほ どうかん)

創業大正10(1921)年創業、100年近い歴史を重ねる
お菓子屋さん。
「昔ながら」の味である「丁稚芋(でっちいも)」、「道灌最中(どうかんもなか)」、
看板商品の「道灌まんじゅう」の他、
洋菓子の要素を取り入れた「おさつパイ」、「芋クリームどら焼き」等、
様々なメニューを取り揃えています。
店名の由来はもちろん、川越城の築城主(候補)・太田道灌

営業時間・・・9:00~17:00
定休日・・・月曜日(祝日の場合、翌日)

家老詰所 14
大きな(そして妙にリアルな 笑)ウサギを横目に、入店!
「お土産」を買い求める列に並んで購入したのは・・・
家老詰所 15
こちらの2点!
サツマイモを混ぜ込んだクリームチーズがとろけさせてくれる、
和×洋合体系スイーツ・むし和ッフル(160円)と、
「道灌」の主力商品の一つである、芋クリームどら焼き(170円)
家老詰所 16
まずはこちらの「むし和ッフル」から。
丁寧に包装されたふわふわのワッフル生地。
そこに挟まれているのが、
「和×洋ミックス」の象徴であるクリームチーズ

口に入れると、とろけるようなレアチーズの食感の中に
ほんのり甘~いサツマイモの風味が絡まり、
絶妙なハーモニーを奏でる。
これぞおいしさの2乗!
家老詰所 17
続いてはこちらの芋クリームどら焼き
一見すると普通のどら焼きのようにも見えますが・・・
家老詰所 18
割ってみると、一般的な「あん」では無く、
真っ白なクリームが登場!

こちらも川越名物・サツマイモの甘味を
存分に楽しめる他、
細かく刻まれたイモの実が混ぜ込まれているようで、
お菓子でありながらサツマイモそのもの
頬張っているような、新鮮な感覚が楽しめます♪
家老詰所 19
「蔵造りの町並み」を経由して、帰路へ。
「小江戸・川越」の象徴とも言える通りは、
予想通り凄まじい混みっぷり!
帰った後が心配になるレベルです・・・(汗)

「ド定番」の観光スポットを避け、
「歴史スポット」に目を向けてみた、今回の「川越散歩」。
江戸幕府との繋がり深い川越藩の歴史と、
そこで築かれて来た文化財は、
「歴史好き」の腹(こころ)を満たすのに十分すぎる
ボリュームがありました!

次に川越を訪れる機会あれば、「蔵造りの町並み」や、
今回訪問が叶わなかった「縁結びの社」・川越氷川神社にも
行ってみたい!
その機会を心待ちにして、只人へと戻ります。

次回はさいたま市を構成する町の一つ、
岩槻地区へ!
こちらも日帰り散歩とはなりますが、
城下町としての風情を感じさせる町並みや
岩槻城址、かつての武家屋敷地に残る文化財などを
取り上げたいと思います。
それでは!
家老詰所 20
中央通り(昭和の町)で見付けた、美味しいコーヒー!
まず店の外まで漂う豊かな香りに惹かれて入店をキメ、
出てきたコーヒーの香りをたっぷり吸い込み、
濃厚な甘味と少しの苦味の、絶妙なバランスに酔いしれる!

私が出会った「至高の一杯」、皆さんも是非
味わってみてください♪
(「トシノコーヒー 川越店」にて)

参考:川越城本丸御殿、および中ノ門堀跡 説明書き
    同パンフレット
    小江戸川越を代表する専門店グループ のれん会
    コトバンク

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。