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岩槻散歩 ~人形の町、城下町~

近頃人の「醜い面」に接する出来事が続き、
なんだかブルーな気分を味わっております、ac802tfkです。
人の「夢」を食い物にする人、自分の為ならば、
相手にどんな言葉を浴びせても構わないと考えている人・・・

同じ社会で暮らしながら、自分の利益のため、
平気で利用し、排除する・・・
どうして「人」と「人」は、こうも隔たり、
分かり合えずにいるのでしょうか・・・

さて、気持ちを切り替えて綴って参りましょう!
今回から取り上げますは、埼玉県さいたま市を構成する町の一つ、
岩槻地区!(いわつきちく)

埼玉県、および所属するさいたま市の東部、元荒川綾瀬川に挟まれた
岩槻台地を中心に、面積は49.17㎢。
区域は東西におよそ4.9km、南北に14.8kmと細長く伸びており、
台地上に広がる元荒川を始めとする河川と、
豊かな自然に恵まれています。

そんな岩槻の発展に大きな役割を果たしたのが、
岩槻城

室町時代の末に築かれた城は初めは川越城とも縁深い太田氏、
次いで後北条氏が統治し、
北条氏滅亡後は関東の(後に日本の)主となった徳川家康公の下、
譜代大名が入城。

江戸時代には江戸と日光を結ぶ日光街道の宿場町として、
またこれも川越城同様、江戸北方の守りの要として、
栄えていくこととなりました。

明治4(1871)年の廃藩置県後は一時
岩槻県(!)が誕生、その県庁所在地となりましたが、
その年のうちに埼玉県へと統合され、「岩槻県」は消滅

昭和29(1954)年には岩槻町と周辺6村が合併し、
岩槻市が誕生。
以後1自治体として発展を続けて行く中、
平成17(2005)年にさいたま市と合併

自治体としての「岩槻」の名は消えてしまいましたが、
さいたま市10番目の区として、
市域の拡大と地域の発展に貢献を続けています。
岩槻散策 4
岩槻地区の中心駅、岩槻駅
東武鉄道野田線(アーバンパークライン)の所属駅で、
特急「アーバンパークライナー」を始めとする全列車が停車します。

昭和4(1929)年、北総鉄道(東京都東部と千葉県北西部を結ぶ
鉄道事業者・北総鉄道とは別物)の所属駅として開業。
当初は「岩槻町駅」という名称でのスタートでした。

昭和14(1939)年に「岩槻駅」に改名、
同19(1944)年に会社合併により東武鉄道の所属となり、
現在に至っています。

駅舎は平成28(2016)年に供用を開始した、2代目駅舎
東西自由通路を備え、延べ床面積は1006.14㎡。

外観は和風建築を意識し、
壁面は「白壁」をイメージした色調とした他、
屋根部分も「瓦調の美しいラインを強調」したデザインで
まとめられ、
「城下町、人形の町・岩槻」という町のイメージを
前面に押し出したものとなっています。
岩槻散策 1
岩槻駅で降りたなら、まずはこちらの時計塔
注目してみてください!
この時計塔、決まった時間がやって来ると・・・
岩槻散策 2
和装で着飾り、舞や音楽を披露する人形たちが出現!

これは岩槻の町の特徴を表した、
からくり人形時計!
岩槻散策 3
実は岩槻地区は、全国屈指の生産地として知られる
人形の町

元来岩槻周辺では、人形の素材となるの生産地として
著名であったこと、加えて人形作りに欠かせない
胡粉(ごふん)※の溶解と発色に適した
豊富にあったことなどから、
江戸時代以降人形作りが盛んに行われて来ました。

現在では江戸以来の老舗・東玉(とうぎょく)を始め
500軒あまりもの人形工房が存在し、
幾世にも渡って受け継いだ「技」と「美」を今に伝えています。

※胡粉(ごふん)・・・白色顔料の一つ。貝殻から作られ、
炭酸カルシウムを主成分とする。
日本画や日本人形、木工品の絵付けに用いられる。

からくり時計演出時刻
平日・・・10時、12時、15時、18時、20時
土日・・・10~15時の毎時、18時、20時
岩槻散策 5
なかなかな発展を遂げている、岩槻の町。
しかし通りを歩いてみると・・・
岩槻散策 6

岩槻散策 7
美しくも繊細な日本人形を飾り、販売する人形店が
軒を連ねています。
中には・・・
岩槻散策 8
こんな立派なお店も!
(岩槻を代表する老舗・「東玉」(とうぎょく)の岩槻総本店)

「人形の町」であり、古くからの「城下町」でもある岩槻。
この日の目当ての一つ、岩槻城址を目指す途上では・・・
岩槻散策 9
こんな家屋や
岩槻散策 10
レトロな洋館
岩槻散策 11
江戸時代(天保年間)創業の、老舗うなぎ屋さん等に出会えます!
岩槻散策 13
通りや町名に昔の名残が感じられるのも、
城下町のいいトコロ。
一見すると住宅地を抜ける何の変哲もない道のようですが・・・
岩槻散策 12
しっかりと藩政期の証が残されています。
この路地の名は、江戸小路
岩槻藩士が集住した武家屋敷地の跡だそう。
岩槻散策 14
こちらの諏訪小路(すわこうじ)は、
岩槻城内に構えられた侍屋敷の路名。
名前の由来は・・・
岩槻散策 15
小道の向こうに見えている、諏訪神社
岩槻散策 16
祭神は信濃国(長野県)諏訪大社に祀られ、
「古事記」で建御雷神(タケミカヅチノカミ)と力比べをしたとされ、
戦国時代には名将・武田信玄(たけだ しんげん)も
篤く信仰したという戦の神・建御名方命(タケミナカタノミコト)

創建年代こそ不明ながら、岩槻城守護の軍神として、
また城の鬼門(きもん=北東。中国由来の「陰陽道」で、
不吉な方角とされた)を守る厄除けの神として、
諏訪大社(上社)より勧請されたものだそう。
岩槻散策 17
武家屋敷地に住んだ岩槻藩士たちからも
篤い崇敬を受けたという、諏訪神社。
信仰の中心となった本殿(17世紀前半頃の建築)は
鉄筋コンクリート造の「覆屋」の中に収められ、
大切に保護されています。

この地と縁を結べたことへの感謝と、
境内を通る(「諏訪小路」は神社境内を抜けて、岩槻城址へと続いています)
ことからのあいさつを兼ねて、参拝。
岩槻散策 18
「秘密の抜け道」のような路地を抜ければ、
目指す岩槻城址はもうすぐ!

このところ気分が乗らずになかなか手が付けられなかった
「岩槻散歩」も、ようやくスタートを切ることが出来ました!
次回は岩槻藩政の中枢・岩槻城の一部が残る
「岩槻城址公園」へ!

岩槻市民の「憩いの場」となっている公園、
その各所に残る城の残滓をゆるりと巡ります。
それでは!

参考:さいたま市 公式ホームページ
    オートモーティブメディア レスポンス
    リビング埼玉web
    wikipedia
    コトバンク

Twitter:https://twitter.com/Nori86651955

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。