fc2ブログ

記事一覧

岩槻散歩2 ~岩槻城址公園~

「岩槻散歩」を書き始めたばかりですが・・・
明日私は~旅に出ます~♪
といっても狩人さんの名曲のように長野へ行く訳でもなく、
軍資金の支出とコロナのリスクを抑えるため、
1泊2日の小旅行ですが(笑)

行先はズバリ、茨城県・ひたちなか市!
幸運にも今日(10月10日)と明日(同11日)の2日間限定で
運転される臨時快速、花咲くひたち海浜公園号
プレミア?チケットが取得出来ましたので、
それに揺られて人生初訪問の未見の地
(道東旅途上の大洗上陸は除く)・茨城県へと
行って参ります!
(台風14号の影響が心配ではありますが)

記事として取りまとめるのは「岩槻散歩」終了後と
なるかと思いますが、
皆さま続報をお待ちください!
(もちろん「ココア」のインストールに咳エチケット、
各所でのマスク着用と手指消毒、出来得る限りの「3密」回避等、
最大限用心して参ります!)

では、前回の続きから。
岩槻散策 18
「秘密の抜け道」のような路地を通り、
野球場の横をすり抜けて辿り着きました・・・
岩槻城址公園 1
岩槻城址公園(いわつきじょうしこうえん)
戦国時代に築かれ、江戸時代を通して岩槻藩による
統治の中枢となっていた城、岩槻城
その現存する一部の曲輪を活用・整備して造られた公園

17万9,000㎡という広大な敷地は
地元の人たちや周辺地域の人々の憩いの場となっている他、
少年野球向けの野球場、グラウンドゴルフ場や
テニスのクレーコート2面等、
多目的な利用が可能な公園施設となっています。
岩槻城址公園 2
ということで、岩槻城についてご説明。

城が築かれたのは、戦雲漂う室町時代末。
築城主は川越城とも関り深い太田道真(おおた どうしん)・
道灌(どうかん)父子、
あるいは歴史小説や映画で話題となった「のぼうの城」・
忍城(おしじょう)の主であった成田氏など
諸説があり、定かではないそう。

戦国時代がピークを迎える16世紀前半頃には
道真・道灌父子の末裔である太田氏が城主となっていましたが、
永禄10(1567)年に現在の千葉県富津市(ふっつし)付近で起こった
三舟山合戦で当時の城主・
太田氏資(おおた うじすけ)が戦死すると、
主家となっていた北条氏が直接統治。
その統治下で、城は大幅な拡張工事を受けました。

戦国も終わりに近づきつつあった天正18(1590)年、
天下人を掌中に収めつつあった豊臣秀吉
北条氏が敵対関係となると、
岩槻城も浅野長政(あさの ながまさ)、木村重慈(きむら しげこれ)ら
およそ2,0000(対する城兵側は10分の1の2,000人ほど)の
軍勢による力攻めに遭い、わずか数日で落城。

戦後関東は徳川家の支配下となり、
徳川家臣・高力清長(こうりき きよなが)が城主として入城。

以後岩槻城はこれまた川越城同様江戸北方の防衛拠点
として重要視され、幕末まで幕府の要職を兼務する譜代大名が、
城主としての任を負うこととなりました。

明治維新後は全国各地の城同様岩槻城も廃城となり、
城跡は民間に払い下げられたうえ、城内に在った建築物も
各所へと移築され、現在ではほとんど現存していません。

当時は元荒川を天然の外堀に、
その周囲に広がる湿地帯を空堀代わりとし、
沼地に挟まれて本丸・二ノ丸・三ノ丸といった主要部が、
その北側に新正寺曲輪(しんしょうじくるわ)、反対側に新曲輪といった
外郭部が築かれた、大層大きな城であったようです。

現在では公園となっている「新曲輪」付近を除く大部分が
市街地化されてしまい、
ほとんど遺構が残されていないのが
とても残念。
(画像の赤丸で囲った範囲が、現在の「岩槻城址公園」付近。
城の規模と地形を活かした築城術が分かります)
岩槻城址公園 3

岩槻城址公園 4
現在「岩槻城址公園」となっているのは、
「新曲輪(しんくるわ)」、「鍛冶曲輪(かじくるわ)」と呼ばれる、
外郭部分。
いずれも戦国時代末、北条氏によって豊臣軍の侵攻に備えて
築かれた曲輪で、現在では県史跡指定を受け、
歴史遺産として保護されています。

とはいえ「城跡」とは思えないほど公園化が進んだ現在、
広大な芝生やアスレチックが築かれ、
週末ともなれば、家族連れや憩いの時間を過ごす人々が
「戦場跡」に集います。
岩槻城址公園 5

岩槻城址公園 6
噴水上がる、のどかな風景。
岩槻城址公園 7
公園東側に広がる菖蒲池(しょうぶいけ)
その水上に架けられているのが・・・
岩槻城址公園 8
城址公園のシンボル・八ツ橋
(やつはし。京都銘菓とは無関係)
和様の外観と真っ赤な欄干が目を引くこの橋の特徴が・・・
岩槻城址公園 9
この不可思議な造り
通常の橋であれば真っすぐ通すであろう橋梁を、
敢えてジグザグに設計してあるのです!

まあ確かに「急いでいる」人など通らないであろう場所ですが、
なんだか設計者や企画者の遊び心全開
といった風情である。
岩槻城址公園 10
八ツ橋の周りには、「菖蒲池」の名の通り、
スイレンショウブといった、水生植物がびっしり!
岩槻城址公園 10.5
菖蒲池を過ぎたところで、明らかに城跡のモノと分かる
盛り土を発見!
それを踏み越えてみると・・・
岩槻城址公園 11
こんな場所に出ました!
これは城の防衛設備・障子堀(しょうじぼり)の跡。

別名(うね)とも呼ばれ、空堀の底を障子状に細かく区切ることで、
空堀内に侵入した敵兵の移動を妨げ、
城内からの狙撃を容易なものとする狙いがありました。

主に関東圏内、北条氏の本拠である小田原城
その支城である山中城などから発見されている設備で、
北条氏ならではの築城術が垣間見られます。
岩槻城址公園 12
土塁と土塁に挟まれた通路。
鍛冶曲輪と新曲輪を繋いだ土橋
(どばし、で構築された橋)の跡でしょうか?
岩槻城址公園 13
鍛冶曲輪を抜け、新曲輪部分へと戻って来ました。
ここで現れるのが、黒門

城内のどの部分に在ったかは判然とはしていないものの、
岩槻城城門と伝えられている、長屋門。
見た目通り使用されている木材が黒く塗られていることから、
その名が付けられています。
(このような意匠は、安土桃山期の城郭建築によく見られます)

桁行(幅)およそ13m、梁間(奥行き)約3.7m。
屋根は4隅から頂部へ向けて集積して行く
寄棟造(よせむねづくり)で、瓦葺きとなっています。

城内の他の建築物同様城内より撤去されていましたが、
浦和(現さいたま市浦和区)の埼玉県庁や県知事公舎の正門、
岩槻市役所の通用門などに使用された後、
昭和45(1970)年に現在地へと移築されました。
岩槻城址公園 14
※逆光祭り開催中
やや痛みが激しいながらも、長屋門の形式を良く留めている黒門
飾り金具を施した門扉、その両側には出入りを監視する為でしょうか、
小部屋が設けられているのが分かります。
岩槻城址公園 15
続いて現れるのが、岩槻城裏門

「裏門」と称されてはいますが、
黒門同様城内のどの位置に在ったかは不明
(重要箇所を固める門としては、やけに質素な気も・・・)

門の形式は、門扉を取り付けた本柱と後方の控柱で
屋根を支える、薬医門(やくいもん)と呼ばれるもの。
屋根は両端を切り落とした「切妻造(きりづまづくり)」で、
瓦葺きとなっています。

間口は約3m、奥行き約2mで、
左側の袖塀(そでへい)に通用口となる潜戸(くぐりと)が
設けられています。

左右の「ホゾ」に記された墨銘書によると、
大岡氏が城主を務めていた江戸後期の明和7(1770)年に
修造(つまり再建)され、
文政6(1823)年に修理されたことが確認されています。

現状岩槻城の現存遺構の中でも、
建築年代が確定している大変貴重なもの。
岩槻城址公園 16
一旦城址公園を出て、周囲をグルリ。
足を巡らせば、このようにハッキリと残る空堀や土塁もあり、
「城好き」からすると、なんだか嬉しくなる。
岩槻城址公園 17
「鍛冶曲輪」の外、一見するとただのにも見える
この場所も、立派な城の遺構。

これは馬出しという、
「虎口(こぐち)」前面に設けられた小さな曲輪の跡。

ここへ出入りするには側面から回りこむ必要があったため
城内からの横矢(側面からの銃撃・射撃)が可能であった他、
退却する敵軍を追撃する際には、
城兵が集結する出撃拠点としての役割も
帯びていました。
岩槻城址公園 18
画像では非常~に分かりづらいですが、
「馬出し」の外周にも堀が掘られているのが確認出来ます。
岩槻城址公園 19
「鍛冶曲輪」再訪。
曲輪、および城の南端に位置するこの部分は、
菖蒲池」周辺と比べると、
その面影が良く残されています。
岩槻城址公園 20
城外側には、守兵が配置された武者走り※が
状態良く保存されています!

※武者走り(むしゃばしり)・・・城壁や土塁の内側に設けられた通路。
戦時に城兵がここを走り回ったことからそう呼ばれる。

ようやく取り掛かりました、「岩槻散歩」。
次回は岩槻城址公園そばで営業中のレストラン・
「大手門」の名物、B級グルメ・トーフラーメンを頂きます!
久々の「食レポ」記事、うまくまとめられるでしょうか?
お楽しみに!
岩槻城址公園 21
「鍛冶曲輪」の外周、空堀跡へと通じる階段があったので、
降りてみました!
岩槻城址公園 22
立ちはだかる土塁、加えて当時はこの上に
城兵が目を光らせる土塀や櫓が連なっていた・・・
こうして城の遺構に立ってみると、
攻略の容易ならざることが良く分かります。

参考:岩槻城址公園内 説明書き
    さいたま公園ナビ 公益財団法人さいたま市公園緑地協会
    wikipedia
    コトバンク
    週刊朝日MOOK 歴史道Vol.3 日本の城とは何か

Twitter:https://twitter.com/Nori86651955

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。