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鉄道博物館1 ~鉄道黎明期のSLたち~

「ひたち小旅行」完結ということで少々「お休み」を挟みまして、
今日からいよいよ、鉄道博物館編
スタートでございます!

鉄博訪問前は「保存車両撮って~、鉄博グルメ食べて~、
色々遊んで~」などと妄想(笑)を膨らませておりましたが、
あまりの見どころの多さに、
蓋を開けてみれば終始保存車両ばかりを撮りまくる
という事態に陥ってしまいました(笑)

ですので「鉄分ほぼ100%」な「鉄博レポート」に
なってしまうかと思いますが、
皆さまお付き合い頂ければと思います。

11.3 Tuesday
最寄り駅(宮原駅)から電車で一駅、
埼玉一のターミナル・大宮駅に降り立った私。

そこからの移動手段としては、西口を出て30分ほどかけて歩くか
埼玉新都市交通運営の新交通システム・ニューシャトル
鉄道博物館前駅までの一駅移動をするかの
二択となる訳ですが、
目的地までの「ドキドキ感」と「期待感」を存分に味わいたい私は、
迷わず徒歩を選択!

鉄博へと至る通りには・・・
鉄道博物館 0
「デゴイチ」ことD51形蒸気機関車(SL)(187号機)や
鉄道博物館 0.5
EF15形EF58形電気機関車(の頭部)といった
保存車両が点在し、見どころたっぷり!
(さらに首都圏や近郊エリアの車両の整備・改造を一手に担う、
大宮総合車両センターの門前も通ります!)
鉄道博物館 1
で、途中(何故か)道を間違えながらも辿り着きました、
鉄道博物館!

平成18(2006)年まで神田駅近くに在った
「交通博物館」(同年5月14日を以て閉館)の代替・拡大施設として、
またJR東日本創立20周年を祝うプロジェクトとして、
平成19(2007)年の鉄道の日(10月14日)に
開館の日を迎えた、鉄道の保存・収蔵・展示施設。

コンセプトは
1.日本及び世界の鉄道に関わる遺産・資料に加え、
  国鉄改革やJR東日本に関する資料を体系的に保存し、
  調査研究を行う「鉄道博物館」
2.鉄道システムの変遷を、車両等の実物展示を柱に、
  それぞれの時代背景等を交えながら、
  産業史として物語る「歴史博物館」
3.鉄道の原理・仕組みと最新(将来構想を含む)の鉄道技術について、
  子どもたちが、模型やシミュレーション、遊戯器具等を活用しながら、
  体験的に学習する「教育博物館」
の3点。

開業から10年少々が過ぎた平成30(2018)年には、
南館の新設に加え、本館も全面的にリニューアル
館内を車両・歴史・仕事・科学・未来の5つのステーションに分けることで、
「人と鉄道の豊かな物語」を展開する施設へと生まれ変わりました!

営業情報
入館料金・・・前売1,230円、小中高生510円、幼児(3歳以上の未就学児)210円
        当日1,330円、同620円、同310円
※鉄道博物館窓口・券売機での「入館券」の販売はなし
予めセブンイレブンローソンミニストップ
コンビニ店舗にて、
時間指定制入館券(枚数限定)をご購入ください
※障碍者割引、年間パスポートあり

開館時間・・・10:00~17:00(最終入館16:30)
※新型コロナウイルス対策のため、開館時間短縮中

休館日・・・毎週火曜日、および年末年始
2021年1月5日、2月23日、3月23日、3月30日は開館
鉄道博物館 2
入口へと向かう「プロムナード」から、「鉄道の物語」は始まっています。
こちらの国鉄型通勤電車・103系
TR212形台車(付随台車)を始めとする
国内外の車輪や動輪・台車の他・・・
鉄道博物館 3

鉄道博物館 4
修学旅行用に特化した特殊な車両・167系電車
鉄道博物館 5
「交通博物館」から移設されたD51形の前頭部(426号機)など、
入館前から見どころいっぱい!
鉄道博物館 6
驚かされたのは、入口前の
ここに再現されているのは、東北新幹線
時代ごとの時刻表

東北新幹線開業時から新型車両の登場、
山形秋田新幹線開業といった出来事に合わせて
区分された「床面の歴史」は、列車番号や停車・通過駅、
車両ごとに異なる設備まで、本物の時刻表そのまま!
ファン垂涎の「床」でございます。
(踏みしだかれているのが、可哀想・・・)
鉄道博物館 7
ではいよいよ、館内へと入って参りましょう!
鉄道博物館 8
入館者を迎え入れるエントランスホールは、
明るく、開放的な造り。
(明るすぎて「逆光ボンバー」を起こしてしまっています 笑)

私が訪れた11月3日(火)は、ちょうど祝日。
これから入館する、あるいは退出する来場者で、
人が途切れることはありません。
鉄道博物館 9
この「エントランスホール」も、足下に仕掛けが。

こちらは10月14日(鉄道の日)に迎えた
鉄道博物館開館13周年に合わせ、
館内で保存されている「DD13」や「EF13」、「13」の数字が入った蒸気機関車等の
ナンバープレートを収集・展示したもの。

職員さんたちの「遊び心」を感じる展示です♪
(ただし「13個」ではなかった 笑)
鉄道博物館 10
入館して真っ先に向かうのは、ゲートを抜けて右手に広がる
車両ステーション

鉄博の「シンボル」とも言える、保存車両の展示スペース。
内部には鉄道黎明期から国鉄時代のもの、
現役車両が存在する系列まで、36両にも及ぶ車両たちが
展示され、当時の姿に加えて部分カットによる解説や
音響・映像等を駆使した演出によって、往時の活躍や車両の仕組みなどが
分かりやすく紹介されています。
鉄道博物館 11
「車両ステーション」に入ってまず目にするのが、
1号機関車

明治5(1872)年、新橋~横浜間で誕生した、日本初の鉄道路線
その開業に合わせ、イギリスのバルカン・ファウンドリー社から輸入された
記念すべき本邦初の鉄道車両
その一番機。

動輪直径1,295mm、車軸配置2-4-0※、
機関車本体に水と石炭を供給するタンクが内蔵された、
タンク式蒸気機関車

開業後から貨客両用の牽引用機関車として使用された後、
明治13(1880)年に東海道線へと転出。
その後大阪地区での入換運用、島原鉄道への譲渡などを経て、
昭和5(1930)年に鉄道省(日本国有鉄道国鉄の前身)へと返還され、
鉄道省の手により整備・保管されることとなりました。

以後大宮工場(現・大宮総合車両センター)内で保存の後、
鉄博の前身である「交通博物館」へ移設。
同館の閉館後、鉄道博物館へと移され、今に至っています。

※車軸配置2-4-0・・・蒸気機関車に於いて、一軸の先輪(動力を持たない車輪)と
                2軸の動輪(動力を伝達する車輪)を配した車体構成。
                初期の機関車の主流であったが、やがて別の車軸構成に
                取って代わられた。
鉄道博物館 13
「英国生まれ日本育ち」の1号機関車。
それを表すのが、車体側面に取り付けられた銘板

右には製造元であるイギリス、ヴァルカン・ファウンドリー社による
製造年の表示。

一方左手には、島原鉄道から鉄道省へと返還された際の、
同鉄道社長による惜別のメッセージが刻まれています。
鉄道博物館 12
日本の鉄道史・技術史にとって記念碑的存在ともいえる、
1号機関車。
その証明が、機関車正面の足下に置かれたこのプレート。

「始まりの1両」である同車は昭和33(1958)年に
第一回鉄道記念物に指定され、
平成9(1997)年には鉄道車両初となる、
重要文化財に指定されました!

皆がイメージする蒸気機関車SL)と比べると、
小さく、目立たないかも知れない。
しかしながらこの小さな車体こそ、国の宝にも匹敵する
稀有な存在であるのです!
鉄道博物館 14
「1号機関車」の後部に連結されているのは、
日本の鉄道創業期に使用されたイギリス式客車

昭和45(1970)年に1号機関車と組み合わせての展示用として
製作されたレプリカで、
運用当時(明治初期)の下等客車を模して作られています。

後年一般的となった一両一室の造りとは異なる、
客室を複数の区分室に分け、
区分室ごとに乗降扉を設けた構造となっています。
鉄道博物館 15
客室内には、木製のベンチが並んでいます。
クッションも無く、木肌剥き出しの座席は、
なんか痛そう
鉄道博物館 16
続いてご紹介するのはコチラ、蒸気機関車弁慶号

明治13(1880)年、「北海道初の鉄道」として開業した
官営鉄道・幌内鉄道(ほろないてつどう)
その最初の鉄道車両として、アメリカ
H.Kポーター社で製造され、輸入された機関車の一つ。

運用当初は僚機・「義経号」(京都鉄道博物館にて動態保存)に続く
「2」の車番と歴史上の人物にちなんだ「弁慶号」の愛称が与えられ、
炭鉱の町・幌内から札幌を経由して
港町・小樽(手宮駅)まで石炭や貨物・旅客を運ぶ役目を
請け負っていました。

その後も幌内鉄道→北海道炭礦鉄道(民営)→官設鉄道と
所属と名称(官設鉄道時代に「7100形」の形式番号を付与)を
変えながら、大正12(1923)年まで運用されました。

昭和11(1936)年~同15(1940)年に掛けて大宮工場で復元された「弁慶号」は、
鉄道博物館(初代)に収蔵(のち「交通博物館」へ移設)。
「1号機関車」同様「交通博物館」閉館にともない、
平成19(2007)年より鉄道博物館にて保存・展示されています。
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「1号機関車」ともども昭和33(1958)年に
鉄道記念物指定を受けている、弁慶号。

その特徴は何といっても「西部劇」からそのまま抜け出して来たかのような、
アメリカンスタイル

前面下部に設けられたカウキャッチャーは、
牛などの動物と衝突した際、機関車本体との衝突を避けて
障害物を側面に跳ね飛ばすためのバンパー
広大で自然豊かなアメリカ大陸の原野を走るために、必須の装備。

一方煙突上部に取り付けられた筒状の器具・
ダイヤモンドスタックは、
燃料の薪を燃やすことで発生する火の粉
沿線火災を誘発することを防ぐため、
煙突内に装備された飛散防止装置

いずれも開拓途上の原野を駆け抜けることを
前提とした装備です。
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運転台側面には、「BENKEI」と英字で記されたプレート。
鉄道博物館 19
運転台内部。(解像度が低くて申し訳ない)
覗き込んでみた限りでは、シンプルな造りでありながら、
後年の国産蒸機にも繋がる基礎的な部分がしっかりと
構築されているように思えます。

こうした輸入機関車を通して培った製造・運用のノウハウが、
後に「機関車大国」・日本の土壌を造成していったことでしょう。
鉄道博物館 20
先ほどの「1号機関車」は機関車本体に石炭を搭載する
「タンク式」でしたが、
この弁慶号は機関車後部に燃料()とを積み込む
「テンダー」と呼ばれる車両を連結した、テンダー式

「タンク式」と比べて燃料等の積載量を増やすことが出来る
長距離運用に適した形態で、
長大路線を走る製造元・アメリカや運用先である北海道には、
ピッタリの装備と言えるでしょう!
鉄道博物館 21
「弁慶号」と組み合わせる形で保存されているのは、
開拓使号客車。

弁慶号導入と同じ明治13(1880)年、幌内鉄道で運用する
特別客車として、
アメリカ
ハーラン・アンド・ホリングスワース社で製造され、
日本へ輸入されました。

幌内鉄道開業に際して用意された客車の中では最上級に当たる車両で、
北海道庁の前身である開拓使や、
視察に訪れる政府高官が乗車するための専用客車

そのため内外装ともに豪華な造りとなっており、
車内に中央通路や転換クロスシート(!)、
ニッケルメッキで装飾された肘置きや
革張りの天井、飾り窓、
車外にもデッキや装飾が施されるなど、
居住性と装飾性に重きが置かれた設計となっていました。

導入後は目的通り開拓使や政府の高官を乗せた列車に
充当された他、
明治14(1881)年の明治天皇北海道行幸の折には、
同車が御乗用車両の栄誉に与っています。

大正12(1923)年、弁慶号とともに第一線を退き、
大井工場(現・東京総合車両センター)にて保管。
交通博物館での公開を経て、鉄道博物館で保存・展示されています。
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車体側面に大書された、「開拓使」の文字。
当初この車両に番号は付与されておらず、
(国有鉄道復帰後に、「5010形」と定められた)
外観と使用目的に則り開拓使の名で
呼ばれていました。
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「開拓使号」の特徴は、豪華な設備だけではありません!
その一つがコチラの台車。
この台車に装備されたのは、当時最新の技術であった、
圧縮空気によって制動を掛ける空気ブレーキ

現代の鉄道車両にも通じる先進的な技術で、
アメリカから車両を輸入した幌内鉄道ならではな装備と
言えるでしょう。
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「開拓使号」に用いられたもう一つの先進技術が、
連結器

同車の連結器には後の「自動連結器」に通じる技術が
用いられており、
「リンク」と呼ばれる器具を四角、もしくは楕円形の「受け板」に
差し込み、「落とし込みピン」を入れて連結するという、
ミラー式連結器が採用されました。

しかしこの方式には外れやすいという大きな問題があり、
「開拓使号」も現在ではシャロン式という、
一般的なものに近い連結器に交換されています。

ついに乗り込みました、鉄道博物館!
次回は引き続き、鉄道黎明期の車両たちをご紹介!
初期の電車から電気機関車、そして蒸気機関車の構造を
分かりやすく解説した「カッティングモデル」まで、
一挙に網羅して参ります。
それでは!

参考:鉄道博物館 ホームページ
    wikipedia

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。