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鉄道博物館4 ~国鉄時代の車両たち 2~

毎回まとめ上げるのに苦戦中の、「鉄道博物館編」。
前回から記事ごとに取り上げる車両の数、
文章量などを見直しまして、当初予定よりも細分化
図ることと致しました。

それに伴い記事数も増え、今のところ合計10回
達する予定となっております(汗)
なかなかな長丁場となる見込みではありますが、
お付き合い頂ければ幸いです。
鉄道博物館 3-11
前回記事では「夜行列車のシンボル」・ブルートレイン
元祖に当たる20系客車までご紹介しましたが、
今回はその続き。

丸形屋根が愛らしい寝台車の隣、兄弟のごとく並びます・・・
鉄道博物館 3-16
コチラの3形式をご紹介。
特急型が2形式、急行型が1形式。
いずれも国鉄時代を代表する電車たち。
鉄道博物館 3-17
トップバッターはこちら、181系特急型電車
形式名・番号はクハ181-45

昭和39(1964)年、東海道新幹線開業を契機として、
それまで東海道本線で活躍していた151系
信越本線上越線で運用されていた161系を包括し、
統一する形で誕生した形式。

その出発点となったのは、151系特急型電車。
昭和31(1956)年の東海道本線電化完成
契機に、
東京―大阪間を最高速度110km/h、日帰り可能な6時間30分
走行可能な特急車両として、
翌32(1957)年に国鉄初の特急型電車として、
20系」の形式名で落成しました。

昭和33(1958)年に特急「こだま」の運転が開始されると、
独特なボンネットスタイルや速達性、
ビュッフェ等を連結した快適な車内設備が話題となり、
151系(1959年に20系から改称)は
こだま型の名で一躍人気車両に。

昭和35(1960)年には客車で運転されていた特急「つばめ」「はと」を
置き換え、電車化(両列車を統合し、愛称は「つばめ」に)
さらに同年には豪華1等車(のちのグリーン車)・
パーラーカーと食堂車・サシ151形を組み込んだ
12両編成が完成し、
151系は名実ともに東海道のエースとなりました。

一方の161系は、
昭和37(1962)年、信越本線長岡―新潟間の電化に合わせて
編成全体の出力向上、勾配区間に対応した抑速ブレーキ※の装備、
耐寒耐雪構造への対応といった仕様変更を施し、
上野―新潟間の特急「とき」に投入された
特急型電車。

※抑速ブレーキ・・・勾配区間(下り坂)で速度が超過しないよう、
            一定以下に速度を調節するブレーキ。

そしてそれら2形式の仕様を統一し、
一つの形式としてまとめたのが、181系

日本の鉄道史に於いて大きなエポックとなった、
東海道新幹線開業
これによって東海道区間は大幅なスピードアップが
達成されることとなった一方、
それまで「東海道のエース」として活躍していた151系は、
山陽・九州方面へと転用されることとなりました。

が、比較的平坦な東海道本線を主戦場としていた
151系では勾配区間で必要な出力が足りず、
山陽本線瀬野―八本松間(通称「セノハチ」区間)で
後補機を連結する必要がある。

また161系についても山岳区間を控える
信越本線上越線でパワーが不足し、
運用線区でのスピードアップが課題として挙げられていました。

181系ではこれらの課題を解決すべく、
主電動機(モーター)を換装して出力をアップ(100kw→120kw)。
これにより最高速度が120km/hとなり、
補機を必要としない勾配区間での単独運転に加え、
スピードアップを実現。

また制御装置や主抵抗器も変更され、
台車も強度を増した改良型へと交換。
主幹制御器(マスターコントローラー、マスコン)もそれらに対応した物へと
変更され、151系161系の各車は順次仕様を統一するための改造工事を受けました。

こうして当初から「181系」として
製造された新製車両を加えた系列車両は、
昭和57(1982)年の上越新幹線開業によって
特急「とき」が廃止されるまで、
関西~九州を結ぶ山陽特急や特急「とき」、
中央本線系統の「あずさ」等で
運用されました。

このクハ181-45
昭和45(1965)年に製造された車両で、
161系として発注され、
途中で181系に変更された車両。

そのため当初から181系として新製された車両とは区別され、
161系からの改造車を示す「40番台」の区分が与えられています。

落成後は共通運用で信越本線上越線の特急「とき」・
中央本線篠ノ井線大糸線の「あずさ」で使用され、
昭和57(1982)年の上越新幹線開業に伴う
「とき」の廃止によって、その役目を終えました。

引退後は部分的な復元を施された上で、
新潟車両センターにて非公開の状態で
保存されていましたが、
鉄道博物館開館に合わせて移設・展示されています。

ボンネット下に入れられている赤帯は、
161系時代に降雪地帯走行時の視認性向上と、
車両基地での151系との区別のために入れられたもの。
鉄道博物館 3-18
高運転台構造とともに、国鉄特急車の「顔」ともなっている、
ボンネット型前頭部

大きく張り出した先端部分に収められているのは、
客室の騒音源となりうる機器類
この形態は交直両用特急車・481系485系)へも受け継がれ、
前面が切り立ったデザインとなる同系列「中期型」の登場まで、
国鉄特急車の標準スタイルとなりました。

また国鉄特急の「シンボル」と言える逆三角形の
特急マークは、
公募によって選ばれたもの。

特急車両ならでなのスピード感を表現したシンボルマークは、
側面の「JNR日本国有鉄道)」マークとともに、
電車・気動車問わず広く普及することとなりました。
(現在「特急マーク」を付けて走る現役車両は、
踊り子」用185系、「やくも」用381系のみ)
鉄道博物館 3-19
181系客室内(残念ながら車内見学は不可)。
クハ181-45は普通車となっており、
座席配置は2+2列。

151系181系ではそれまでの国鉄車両と異なり、
全車に冷暖房を完備
これにより客室窓も開閉を必要としない
2層式の固定窓となりました。
鉄道博物館 3-21
この系列を語る上で欠かせないのが、
151系の大阪方先頭車として連結されていた、
クロ151形パーラーカー!

151系デビューから2年後の昭和35(1960)年、
それまで客車列車に連結されていた「展望車」に代わる
最上級車両として製造された、2等車
(のち1等車、現在のグリーン車相当)

客室は定員4名、2人掛けのソファシートと
移動可能なテーブルが備えられた区分室(コンパートメント)、
「区分室」とはデッキを隔てた空間にリクライニングシートが並ぶ
開放室で構成。

側窓には当時世界最大級となる
縦1m×横2mの大窓を区分室に装備。
開放室の窓も縦1m×横1mとされました。

写真の開放室は1+1配列グランクラスよりもゆったり!)で
着席定員は14名。

シートピッチ1,100mmの座席は客室前半部分では窓に向かって最大28°、
後半部分では好みの角度に調節可能。
また座席近くに給士呼び出しボタン・ラジオ用のイヤホンジャック、
電話機用のジャックが用意され、
必要に応じて自席からの通話が可能だったそう。
(宣伝用に撮影された上記写真でも、
通話するビジネスマンの姿が写し出されています)

クロ151にはサービスコーナーも設けられ、
乗客の注文に応じて飲み物や軽食のデリバリー、
紅茶とクッキーのサービスも行われたというのだから、
まさに至れり尽くせり

東海道線時代には、このクロ151形に加えて4両、
合計5両もの1等車が連結されたというのだから、
驚き!
鉄道博物館 3-20
その「パーラーカー」開放室の座席が、コチラ

見るからにクッション性の高そうな、重厚な造りの座席。
その前には各席ごとに固定式のテーブルが用意され、
卓上には(時代を感じる)ダイヤル式の電話機がスタンバイ!
とても居心地の良さそうな座席に仕上がっています♪

さてこの「パーラーカー」ですが、
転用後は関西~山陽・九州を結ぶ山陽特急に連結されていましたが、
利用者数の減少に伴い昭和43(1968)年までに開放室が、
同48(1973)年に区分室が普通車へと改造され、
大窓が特徴的だった車体も載せ替え。

結果「パーラーカー」は1両たりとも現存していません
(哀しきかな、哀しきかな・・・)

現存する「パーラーカー」の備品は京都鉄道博物館にて
保存・展示されている開放室の座席1脚のみとなっており、
この座席も実は復元品

綺羅星の如く現れた豪華車両、
その輝きは流星のごとく短かったと言えるでしょう。
鉄道博物館 3-22
次の車両へ参りましょう。
大きな丸目の前照灯が目を引くコチラの車両は、
455系
昭和40(1965)に製造が開始され、東北・九州・北陸地区を中心に
投入された、急行型電車

1960年代以降、地方路線の電化に当たっては、
それまでの直流電化に代わって
変電所など地上設備の数を減らすことが出来、
初期コストの低減が図れる交流電化
推進されていました。

が、直流専用の車両は交流区間に入れないし、
交流専用の車両が直流区間を自力走行することは不可能
そこで浮上したのが、直流・交流両区間を直通可能な
交流・直流両用車両の開発。

これに応えるべく登場したのが、直流用急行電車・153系をベースとした
451系471系
これらは商用電源周波数の違いに合わせて50Hz用(451系)と
60Hz用(471系)に区分され、
仙台地区や金沢地区の急行・準急列車に投入されました。

この455系はその系譜に連なる車両で、
451・471系から出力向上を図った453473系
ベースとして、勾配線区向けに抑速ブレーキを装備。
周波数50Hzの区間に対応した車両として、
仙台地区に投入されました。

このクモハ455-1
455系トップナンバーに当たる車両で、
昭和40(1965)年の製造。

車体塗色はそれまでの交直流急行電車の流れを汲んだ、
交直流急行色と呼ばれる
ローズピンク赤13号)とクリーム色クリーム4号)という
組み合わせ。

前頭部分は急行列車の柔軟な運用に対応し、
途中駅での分割・併合が可能な貫通構造として、
前面に貫通扉を設けることで
走行中の車両同士での行き来を可能なものとしました。
鉄道博物館 3-23
で、この455系
なんと車内見学可能となっているのです!

「昭和レトロ」な雰囲気を残す車内。
「急行用」に相応しく乗降デッキによって外気から遮断された客室内には、
国鉄車両の定番と言える、対面式のボックスシート       

一方車端部には、後年の普通列車への格下げに伴い、
着席定員を増やすために設けられたロングシート
鎮座しています。
鉄道博物館 3-24
ボックスシート部分。
表面のカラーリングは、外装と揃えたローズピンク
クッション性は、特急車両には(もちろん)劣るものの、
長距離運用を想定してある程度の柔軟性が確保されています。
(首都圏を跳梁跋扈する通勤車両の、「超カタイボックスシート」よりも、
ずっとイイ!)

足下で存在を主張している機械は、
寒冷地に必須のアイテム・暖房装置
鉄道博物館 3-25
455系運転台は、他編成との併結と、
貫通扉部分の通路としての利用を前提とした半室構造
車両の制御は、標準的なマスコン(アクセル)とブレーキの
2ハンドル式となっています。

ずらりと並んだ計器類とボタン類が、
時代を感じさせる。

急行用車両として交直両区間を行き来した455系
しかし新幹線の開業や特急列車への格上げなどにより、
80年代には各地で急行列車は廃止
当系列を含めた急行型車両は、
地方路線の普通列車へと回されることとなりました。

乗降に時間の掛かるデッキの廃止、一部のロングシート化などで
ローカル運用に対応した各系列車でしたが、
老朽化や後継車両の登場などで2000年代には次々に数を減らし、
東北地区では平成20(2008)年に、
九州地区では同19(2007)年に定期運用を終了した後、
同22(2010)年に廃車

最後に残った北陸地区の車両も、
北陸新幹線金沢開業を迎えた平成27(2015)年に
ほとんどの車両が定期運用を終了

現在では413系と組んで七尾線を走る、
クハ455-701702の2両が残るのみとなっています。
(こちらも521系100番台の投入により、
他の国鉄型車両とともに来年春を以て引退予定)
鉄道博物館 3-26
ボンネット型の車両を、もうひと形式。
クハ481-26
かつて四国を除き北は北海道、南は九州まで
日本全国への特急列車網構築に大きな貢献を成した名車・
485系のうちの一両。

1960年頃から地方線区での路線電化が交流主体で推進されたのは、
455系の項でも述べた通り。
交流電化は初期の設備投資が抑えられるというメリットがあったものの、
一方では直流区間との間にデッドセクション※を
設ける必要があり、直流電車は乗り入れられないといった制約がありました。

そこで異なる電化方式に対応する特急車両として、
昭和39(1964)年から関西・北陸・九州向けに
交・直60Hz対応の481系が、
翌年には関東・東北向けに50Hz対応の483系が製造され、
昭和43(1968)年には50・60Hz両対応の485系が登場。
既存の交直両用車もこの形式に統一されることとなりました。

このクハ481形-26は、
昭和40(1965)年に483系として
製造されたグループの一両。

181系をベースとしたボンネット構造となっていますが、
181系列と比べて車高が高くなっている他、
直流専用車と区別するため、下部ライト上にひげと呼ばれる、
交直両用であることを表すペイントが施されています。

新製後は仙台運転所(現・仙台車両センター)に配置され、
上野-仙台間の「ひばり」、上野-山形間の「やまばと」、
上野-平・原ノ町・仙台間の「ひたち」などで活躍。
東北新幹線開業後は
東北地区内での運用に限定され、
昭和60(1985)年に勝田電車区(現・勝田車両センター)へ移籍。

常磐特急「ひたち」で運用されましたが、
「スーパーひたち」用651系の登場と
後継車となる「フレッシュひたち」用E653系の投入により、
平成9(1997)年に定期運用を終了

仲間たちが続々廃車されていく中、訓練車として
勝田車両センターに存置されましたが、
それも平成19(2007)年に廃車
郡山総合車両センター(廃車両の「墓場」の一つ)で
整備を受けた後、鉄道博物館へ移設・展示されました。

デッドセクション・・・直流と交流両区間の間に設けられる、架線に給電されていない区間。
鉄道博物館 3-27
485系の登場と車種統一後、
特急列車網の拡大とともに順調に車両数を増やした同系列。

ボンネット型から切妻型に前面形状を改め、
列車の増解結に対応する貫通扉を設けた中期型
切妻形状はそのままに貫通扉を廃した後期型
極寒地・北海道向けの1500番台
信越本線横川~軽井沢間(横軽区間)での
EF63形電気機関車との協調運転に対応した
489系と、
実に多様な発展を遂げました。

結果として実に1,450両以上
系列車両が製造され、
最盛期には四国・山陰を除く全国の鉄道網を網羅。
485系は「特急列車の顔」として親しまれることになりました。
鉄道博物館 3-28
車内の様子(181系同様、こちらも車内非公開)。
クハ481形は普通車となっており、
座席配置は標準的な2+2配列。
鉄道博物館 3-29
後方から。
背面テーブルを備えた、
特急車両としてはごくスタンダードな設備となっています。
鉄道博物館 3-30
唯一外へ向かって開かれた、乗降デッキ
(立入は不可)
こちらも典型的な「国鉄スタイル」。
鉄道博物館 3-31
基本的には先頭車のみが保存されている、鉄道博物館。
しかしこの485系では中間車も保存されています。

このモハ484-61は、
昭和47(1972)年製造、当初から485系として
落成したグループで、
青森運転所(現・盛岡車両センター青森派出所)に配属され、
「はつかり」「いなほ」「つばさ」等の東北特急に充当されました。

一時は別形式への改造(モヤ484-2へ)も受けましたが、
廃車後復元の上鉄道博物館に収蔵・展示されています。

ちなみに形式名に付けられた「モハ」ですが、
「モ」はモーター搭載の電動車、「ハ」は戦前からの等級制の名残りで、
「イロハ」の「ハ」=三等車、すなわち普通車を表しています。
鉄道博物館 3-32
485系の展示方法でおもしろいのが、
車両横に設けられた階段を上がることで、
上から車両を見下ろせるという点。

中2階程度の高さに置かれた足場からは、
屋根上の構造が良く分かります!
中央に置かれたキノコ状の物体は、AU12形分散式冷房装置
鉄道博物館 3-33
架線から電気を取り入れるための装置・パンタグラフも、
こんな間近で見ることが出来ます!

485系では直流区間でパンタグラフが架線から離れる
(離線)のを防ぐため、パンタグラフ装備車両は
前後2基搭載となっています。
鉄道博物館 3-34
直流と交流という、異なる電化方式の区間を行き来する
交直両用電車

特殊な運用に対応するため、パンタグラフ上には
交直切換器(写真左手、矢印で示されている部分)や
交流遮断器など、
多数の機器が搭載されています。

先述のパンタグラフ2基搭載との兼ね合いもあって
冷房装置を十分に装備出来なかったことも有り、
481485系初期車489系の電動車では、
客室端部に空調装置を設置することで
対応しています。
(中期形以降では改良によりこの状態は解消された模様)

かつてはほぼ全国でその姿を見ることが出来、
「特急列車=」と言えるほどの活躍を見せた485系
しかしJR誕生以後は車両の老朽化、JR各社での新型車両の投入などにより
次第に運用数が減少。
JR九州JR西日本では平成23(2011)年に
定期運用を終了
(北海道では極寒冷地故の故障に悩まされ、
JR化以前に本州へ転出)

3000番台への大改造を経て残存していた
JR東日本所属車も、
北海道新幹線開業や北陸新幹線延伸により
特急運用を失い、
平成29(2017)年、新潟地区での快速運用を最後に
定期運用を失いました。

現在では3編成16両のジョイフルトレイン改造車
(「リゾートやまどり」、「」、「ジパング」)が残るのみ。
これらの車両もいつまで走り続けるかは不透明であり、
完全消滅の日も近いでしょう。
 (そうなる前に、乗りたいなぁ・・・)

今は日常的な風景でも、いずれは過去となり、
失われて行ってしまう・・・
「鉄道ファン」の皆さん、ご記録・ご乗車はお早めに!
(騒動と迷惑行為に発展しがちな「駆け込み記録」は、控えましょう!)
鉄道博物館 4-1
次回は「丸鼻」が可愛らしい、こちらの車両を取り上げます♪
それでは!

追記:FC2ブログランキングにて、
前回記事が旅行ジャンル2位
サブジャンル・国内旅行5位という
高順位を獲得致しました!

日頃当ブログをご覧の皆さま、
SNSを通してこちらへアクセスなさっている皆さまに、
心より御礼申し上げます!

参考:鉄道博物館 ホームページ
    旅行・レジャー こだわりOFF
    wikipedia

Twitter:https://twitter.com/Nori86651955
インスタグラム:https://t.co/vjjvOaZqEn?amp=1

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。