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安土城探索1 ~「幻の城」を目指して~

はじめに

前回投稿しました「横須賀旅14(終) ~横浜ナイトウォーク~」にて、
当ブログで頂いた通算拍手数が1000回
到達致しました~!わぁ~(≧▽≦)!

17年3月のブログ開設よりコツコツと
積み上げること4年
こうして節目の数字を迎えることが出来たのも、
ご覧くださった皆さまのお蔭!

「コロナ禍」という状況下ではありますが、
可能な範囲でより楽しく、内容モリモリの記事を
お届け出来ますよう、精進して参ります!
よろしくお願いします!

さて、前回で「横須賀旅」編も完結を迎えまして、
今回より新編スタート!
ここからは(コロナ禍で県境を越えるのが難しいという
事情もありますが)滋賀県内の名所や風景を
お届けします!
(全然片付かない!)

2020.11.25 Wednesday

理由あって職場の休業が続いていた中、
気分転換にお出掛けを思いついた私。
バスで近江八幡駅に出てから、電車で一駅。
安土城 1
近江八幡市(おうみはちまんし)の一部を成す
安土町(あづちちょう)の玄関口・安土駅に到着!

今回の目的地ですが、「安土」という地名をご覧になって、
ピンと来られた方もおられることと思います!
そう、今記事よりスポットを当てる場所とは・・・
安土城 2
「幻の城」・安土城!
混沌渦巻く戦国の世に綺羅星の如く現れ、
「天下統一」の大業へと迫った傑物・
織田信長(おだ のぶなが)の居城として、
安土山上にその財と権勢を総動員して
創り上げた、大城郭。

信長公が志半ばにして斃れた天正10(1582)年の
本能寺の変後に
主要部分が焼失、のち廃城
憂き目に遭ってしまいますが、
石垣や縄張り(曲輪や堀、門、虎口等の配置)といった遺構から、
その規模と壮麗な造りを窺うことが出来ます!

そんな安土城へのアクセス口となる
安土駅舎の外壁には、
想像図を元にした縦12.9m、横幅およそ4mの巨大な
安土城ラッピングが施され、
「城の町・安土」をアピールしています!
安土城 3
安土駅前には、堂々たる立ち姿の
織田信長公像!

当時日本の中心となっていた畿内(近畿地方)を中心に、
各地で敵対勢力との戦いに明け暮れていた信長公。

美濃国(みののくに、岐阜県南部)・岐阜城に代わる
居城を探していた信長公は、
・朝廷が置かれている国政の中心・京(京都)に近い
琵琶湖の畔に位置し、
 その水運が活用出来る
 (当時は城地となった安土山の麓まで、
 琵琶湖の湖水が迫っていたという)
・北陸街道の起点(彦根・鳥居本、あるいは番場(現在の米原市))に近く、
 越前(福井県東部)・加賀(石川県南部)の一向一揆や
 北国の雄・上杉謙信(うえすぎ けんしん)に備える上で有用
といった理由からここ安土の地に着目。

琵琶湖を望む標高199mの安土山
城地として選定し、
重臣・丹羽長秀(にわ ながひで)を工事監督責任者たる
総普請部奉行に任じて、天正4(1576)年に築城に着手。

三年後の同7(1579)年に五重六階地下一階、
金箔で彩られた豪壮華麗な天主(天守閣)が落成し、
信長公自身もここへ入城。
本能寺の変にて無念の死を遂げるまで、
安土の地より各地に散った諸将へ号令を発していました。
安土城 4
「安土」の名を後世に残した、信長公。
その遺徳を示すかのように、
安土駅前にはこんな物も。(なんかかわいい)

安土駅から安土城跡までは、
徒歩約30分の道のり。
今回はいくつか寄りたいところもあり、
徒歩で巡るのはさすがに厳しい(汗)

そこで今回は駅前でレンタサイクルを借りて、
自転車にて目的地を目指します!
安土城 5
安土駅近くの、住宅街。
一見すると何の変哲もない細道のように見えますが、
彦根道というれっきとした街道の名残り。

海側から江戸と京(京都)を結んだ東海道に対し、
内陸側から幕政日本の中心地をを繋いだ主要道路・
中山道(なかせんどう)

彦根道はその中山道から分岐して、
幹線道路の寄らない町を辿りながら
野洲(やす)~彦根・鳥居本町までのおよそ40kmを結ぶ、
脇往還(わきおうかん)※

安土城築城当時、信長公は城下を通らない中山道ではなく
この彦根道を通ることを推奨し、
城下町とともに街道の整備にも力を注いでいたそう。

信長公が政治・経済の中心地として
いかに安土の地を重要視し、
その発展と往来の活発化に力を注いでいたかが
分かります。

※脇往還・・・幕藩体制下に定められた、東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道の
        いわゆる「五街道」を除く主要な幹線道路。
        当初は沿道を治める各大名家に所管が任されていたが、
        のちに幕府直轄へと帰していった。
安土城 6
しばし城下町や街道の風情を残す彦根道を進み、
神社の鳥居(活津彦根神社のもの)の手前で右ターン!
そこからしばらく進むと・・・
安土城 7
公園が現れました。

実はココ、ただの公園ではなく、
セミナリヨ(神学校)という
キリスト教義に基づいた教育施設の跡地。

信長公の下布教を許されたキリスト教宣教師たち。
天正8(1580)年に教会用地を下賜された
イエズス会宣教師・オルガンチーノ神父らは、
キリシタン大名・高山右近(たかやま うこん)を始めとする
信者たちの支援を得て、
ここ安土の地に三階建ての教会堂を建立。

そこで開設されたセミナリヨでは、
日本文学・キリスト教理・ラテン語・
修辞学(弁論・演説・説得に関する学問分野)や音楽などの学問が
教えられた他、
現在の学校教育と同様の夏休みが設けられ、
年一回の文化祭も催行されたのだとか。

信長公の計らいにより安土城と同じ水色の瓦で装飾された
異国の僧院には、
信長公自身も度々足を運び、
時にここで学ぶ少年たちの奏でるオルガンの調べに
身を委ねていたそう。

日本古来の宗教勢力と激突することもあった、信長公。
日々の戦いや政争の中に身を置いていた彼にとって、
ここで流れる無垢なる音色は
心地よく響くものであったのかも知れませんね。
安土城 8
信長公の死後に描かれた、安土神学校の図。

信長公や大名家らの支援の下、
布教と浸透を進めていたキリスト教勢力でしたが、
本能寺の変を境に状況が一変。

安土城下へとなだれ込んだ明智勢によって
神学校は廃墟と化し、
セミナリヨは残された宣教師や信徒たちと共に
京→高槻→大坂と移転。

天正15(1587)年に豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)によって
禁教令が発せられると、
旧安土神学校は肥前国(ひぜんのくに、現在の長崎県・佐賀県)
有馬のセミナリヨに合併。

しかしそれも慶長19(1614)年の
江戸幕府による禁教令により廃校となり、
表立った教育・布教は完全に途絶えることと
なりました。

以後「鎖国」体制の中で弾圧と戦いながら
細々と信仰を守り続けたキリシタンたち。
苦難の時代は開明の世を迎える明治に至るまで
続くこととなりました。
安土城 9
宅地の中に在って、現在は公園として整備されている
セミナリヨ跡。

咲き誇る花々は、ここで学んだ、
あるいは教えを示した者たちを慰めるかのよう。
安土城 10
公園の一角にある、盛り土。
当時の物・・・というのは、考えすぎでしょうか?
安土城 11
開けた視界からは、のどかな安土の風景。
安土城 12
行き交う東海道線琵琶湖線)の列車も見えています♪
安土城 13
セミナリヨ跡周辺に広がる、石垣水路
これは城の外周を固めた外堀
それに沿って配置された石垣の一部。
安土城 13.5
安土城築城当時用いられていたのは、
野面積み(のづらづみ)という
自然石を必要最小限の加工で積み上げて行く工法。

後年編み出される打ち込みハギ
切込みハギほどの精巧さ、緻密さはないものの、
計算された強度や石材同士の組み合わせからは、
経験と技巧を積み重ねた職人技が感じられます。
安土城 14
セミナリヨ跡から(自転車で)約5分。
耕作地の向こうに、小高い山が見えて来ました。

ここが安土山
標高199m。
実り豊かな平野部の末端に立ち上り、
琵琶湖を望むこの山こそ、
「幻の名城」・安土城の跡地です!
安土城 15
山麓に近づくと、先ほどの石垣と同じ造り(野面積み)の
石垣が現れました!
安土城 16
ここは城の正面入り口となる大手口!・・・ではなく、
帯郭(おびくるわ)という
細長く伸びた郭に設けられた、
虎口(こぐち)と呼ばれる出入り口兼防御施設。

安土城では城の大手側、すなわち安土山の南山裾に、
通路と防御設備を兼ねた帯郭が設けられていました。

うち東西2箇所に虎口※が開けられ、
左手には石垣上の通路へ上がるための石段が
表からは見えないように配置され、
右手には城内への容易な侵入を阻む門が
建てられていたと考えられています。

※虎口(こぐち)・・・城郭、および郭への出入り口。
            当然ながら防戦時には敵の侵入経路となるため、
            複雑な屈曲で軍勢の勢いを削ぐとともに、
            堅牢な城門・櫓・土塀等で 固められていた。
安土城 17
虎口左手、通路(武者走り)へと上るための石段。
そこから繋がる石垣上には物見櫓が建っていたと
考えられており、
戦時にはここが敵軍を防ぐための防衛線の役割を
果たしたことでしょう。
安土城 2-10
次回はいよいよ安土城内へ!
独特な造りとなっていた大手口、そして「見せるための城」・
安土城を象徴する施設の一つ、
「大手道」の様子をお届けします!

参考:各所解説パネル
    underZero 城用語集
    iRONNA 信長はなぜ安土城を築いたのか
    コトバンク

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。