fc2ブログ

記事一覧

湖北旅7 ~要塞!賤ケ岳~

天正11(1583)年、織田家筆頭の、延いては織田信長亡き後の
「天下人」の座を巡って、
羽柴(豊臣)秀吉(はしば ひでよし)と柴田勝家(しばた かついえ)が
湖北の地にて激突した、賤ケ岳の戦い

現在では絶好のハイキングスポットとなっている
賤ケ岳も、合戦当時には
両軍による攻防が繰り広げられました。

今回は賤ケ岳の戦い当時の痕跡が残る
賤ケ岳山頂を歩き、
要塞・賤ケ岳」の姿に
スポットを当てて参ります!
賤ケ岳 3-1
標高421m、湖北平野琵琶湖
余呉湖を見下ろす賤ケ岳山頂。

湖北を望む絶景が見どころのこの場所ですが、
賤ケ岳の戦い当時、
ここには北陸勢に備える前線基地として、
賤ケ岳砦が築かれていました。

中でも賤ケ岳の最高所、
山頂の中心となるこの場所には
本丸に当たる主郭が置かれ、
防衛拠点の中枢となっていました。

いつ頃ここに砦が築かれたのかは不明であるものの、
史料によれば天正元(1573)年8月に織田軍の侵攻を受けた
浅井・朝倉方の軍勢が賤ケ岳上に布陣し、
同年9月には「しつかたけの城」と記述されていることから、
浅井氏の本拠・小谷城を守るための砦として、
あるいは小谷城攻略のための前線基地の一つとして、
いずれかによって砦が構築されたと思われます。

賤ケ岳の戦いでは但馬竹田城主・
桑山重晴(くわやま しげはる)の他、
羽田長親、浅野長政(長吉)(あさの ながまさ)以下
2,000の兵が守備に当たり、
一時は佐久間盛政(さくま もりまさ)ら柴田軍の勢いに
撤退の決断を下したものの、
丹羽長秀(にわ ながひで)隊の救援もあって
攻防の末砦の防衛に成功。

またその後の追撃戦では
「猿が馬場」から本陣を移した羽柴(豊臣)秀吉が、
ここで指揮を執ったとされています。
賤ケ岳 3-2
山頂部分の一段低い場所、
余呉湖側へ突き出るように築かれた帯郭には、
大岩山砦の「横矢掛り」を大きくしたような、
横矢枡形が残されています。
賤ケ岳 3-3
大岩山方面から上って来た際、
まず足を踏み入れる山頂北側。

ここは北郭という、
大岩山方面から迫る敵軍を
食い止めるための防御施設。

その出入り口にはのちの近世城郭にも繋がる
枡形の虎口(こぐち。出入り口)が設けられ、
敵の直線的な侵攻を阻害。
合戦当時には、ここで両軍の攻防が展開されたと思われます。
賤ケ岳 3-4
琵琶湖側の砦南側には、
西側(余呉湖方面)と南東(琵琶湖方面)に開かれた、
南郭と呼ばれる郭が置かれていました。

こちらの郭は防御施設としての形を良く留めており・・・
賤ケ岳 3-5
外周には中世城砦に欠かせない、
土塁や犬走り(土塁や石垣の外周に設けられた、細長い通路)が
状態良く残ります。
(四百年以上も昔の砦の痕跡が残っているなんて・・・
スゴいなぁ・・・)
賤ケ岳 3-6
賤ケ岳の戦いを語る上で欠かせないのが、
賤ケ岳の七本槍(しちほんやり)の活躍!

「七本槍」とは秀吉の直臣としてこの戦いに参加し
武功を立てた、
・加藤清正(かとう きよまさ)
・福島正則(ふくしま まさのり)
・片桐且元(かたぎり かつもと)
・脇坂安治(わきさか やすはる)
・加藤嘉明(かとう よしあき/よしあきら)
・平野長泰(ひらの ながやす)
・糟屋武則(かすや たけのり)
の7人の武者で、
見事一番槍を挙げた福島正則ら「七本槍」は
この合戦をきっかけに立身を果たし、
豊臣政権下で大名近臣に取り立てられることと
なりました。
(もっとも彼らの武勇伝にはいささか誇張された
きらいがあった他、
実際に武功を立てて録を頂戴したのは、
桜井家一(さくらい いえかず)、
石川一光(いしかわ かずみつ)含め9人だった模様)
賤ケ岳 3-7
砦跡の一角、湖北平野を背にしたところに、
戦のあとというタイトルの銅像が
建てられています。

地元の彫刻家によって造られたこの銅像は、
合戦終結後、激闘に疲れ果てた
羽柴軍兵士を描いたものであり、
作者が想像する死と隣り合わせの戦場の様、
それを潜り抜け、胸中を巡る様々な思いと共に
安堵と疲労に襲われる武将の心中、
命の遣り取りが行われる戦場の悲哀を、
頭を垂れた武将像に込めたのだそう。

武将の雄姿や、兵たちが勝利を喜ぶ姿を描いた
各地の像とは異なるその姿は、
死と隣り合わせの「命の遣り取り」が交わされる、
戦場の現実を表しているかのよう。
賤ケ岳 3-8
「砦観察」の後は、お昼ごはん!

メインは木ノ本駅近くの平和堂(スーパー)で購入した
サンドイッチですが、
コンビで頂くのは・・・
賤ケ岳 3-9
大幸(ダイコウ)醤油店で購入したお菓子、甘じょっパイ

木之本宿散策でも立ち寄った二店舗、
木之本地蔵院門前の菓子舗・角屋と、
老舗醤油店・大幸醤油店の、
コラボレーション商品!

カリっと焼き上げられた木の葉形の「リーフパイ」は、
マーガリンのまろやかな味わい。

それに表面に塗られた濃厚な醤油、
ふんわり甘い砂糖の風味がプラスされ、
サクッとした食感と名前通りの「甘じょっぱい」味覚が
楽しめる、おいしい焼き菓子♪
賤ケ岳 3-10
余呉湖と戦跡を見下ろしながらの、
お食事タイム!

ん~、いい気分♪
賤ケ岳 3-11

賤ケ岳 3-12
ひと通り賤ケ岳滞在を楽しんでから、
もう一度絶景を瞼に焼き付け・・・
賤ケ岳 3-13
下山コースへ!

上ってきた時とは逆の、砦南側から下ります。
賤ケ岳 3-14
山頂(砦跡)から少し下ったところにも、見どころアリ。

南郭に繋がる西側斜面。
一見すると何の変哲もない山道のように見えますが、
これもれっきとした防御施設の跡。

画面手前、階段の途切れたところは
土橋(どばし)といって、
橋の形に地面を整えたもの。

これは通常時には守兵が出入りする通路としての
役割を持っていた他、
戦時には両側に設けられた堀切と合わせて、
寄せ手の侵攻ルートを制限する狙いがありました。
賤ケ岳 3-15
Ⅴ時状に斜面が開削された、堀切部分。

この他あまり判然とはしなかったものの、
解説パネルに書かれた砦の図面では、
土橋の前面に馬出し※が構えられ、
小規模な郭のようになっていた模様。

※馬出し・・・虎口前面に築かれた、小規模な曲輪。
守備時にはここへ敵を誘い込むことで
狙撃することが可能であった他、
反攻時には追撃部隊の集結場所ともなった、
攻防一隊の施設。
賤ケ岳 3-16
ひたすら続く下り坂。
ここから飯浦越切通し(はんのうらごえきりとおし)へ出て、
余呉湖の畔を目指します。

参考:各所解説パネル
    菓子乃蔵 角屋 公式ホームページ
    Wikipedia
    Weblio辞典

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。