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近江商人のふるさとを歩く 2 ~「旧伴家住宅」その2~

民意を無視して「強硬開催」されるに至りながらも、
「有観客」or「無観客」で揺れたり、
感染拡大当初から露呈していた「水際対策」の甘さを
改めて晒してしまったり、

穴だらけの「関係者特例」やら何やら、
この国が主催者で大丈夫か?
と思ってしまうレベルの「オリンピック騒動」に、

欧米各国が規制緩和へと動く中で
周回遅れ状態の接種率に加え、
ワクチンが足りません!と国の代表たちが
白旗上げちゃったコロナ対策にと、

とにかく醜聞に事欠かない我らが日本国

その上飲食業界を巡る「圧力問題」まで持ち上がる始末で、
コロナ禍発生以来の失策や失言の数々から、
政府・政治家諸氏と国民との認識の乖離
権力者たちの危機管理能力の欠如が、
見事なまでにさらけ出される結果となってしまいました。

もちろんここまで被害が拡大した背景には、
個々人の行動や予防意識が関わっていることは
言うまでもありません。

しかし、数々の失態とこれほどの騒ぎを起こしながらも
未だに根拠の無い楽観論を並べ、
誰も責任を取らない(取りたがらない)
政治家たちの姿勢には、呆れと疑念を禁じ得ない。

「我慢、我慢」と念仏のように唱える彼らですが、
長く続く「我慢」にも限界があるというもの。

自ら模範となるべき姿勢を示さず、
行動や言動にも「我慢」と「自制」が感じられない。
であるにも関わらず、他者にひたすら犠牲を強いる。
そんな人物の言葉に、誰が耳を傾けるのでしょう?

「国民の代表」を自認し、権力を振りかざす彼らですが、
他者への敬意も心遣いもなく、
傲岸不遜に自らのイスにふんぞり返る姿には、
与えられた役割に対する「器」が足りているとは
到底思えません。

もはや彼らが心を入れ替え、真に「国民の指標たらん」とする姿を
見せてくれるとは思えません。
(そんな期待は、人生の半分ほど前から
捨てていますが)

今のままではコロナ禍が終息しようとも、
きっと社会の「土台」は揺らがない。
そんな中でも人に寄り添い、より良い「明日」を思い描ける日が
訪れることは、果たしてあるのでしょうか?

・・・とまぁ昨今感じる悲憤を書き連ねて参りましたが、
そろそろ気分を入れ替え、本題へと入って参りましょう。
旧伴家住宅 2
前回よりスタート致しました、
滋賀県近江八幡市に残る歴史的景観・
近江商人の町並みを巡る、
「近江商人のふるさと」編!

その一番手と致しまして、
江戸時代に優れた商才と幅広い事業を展開して
一大勢力を築き上げた「近江商人」の一つ、

近江八幡を発祥として江戸・大坂・京都の「三都」を始め
全国津々浦々に商業ネットワークを形成した「八幡商人」を
代表する豪商の邸宅である、旧伴家住宅を巡っております。
旧伴家住宅 18
建築から170余年。
その歴史の中で幾多の変遷を辿ってきた、
「旧伴家住宅」。

近江八幡の伝統工芸品や春の町を賑わせる
「左義長まつり」にまつわる展示がなされた
一階を巡った後は、こちらの階段を上って二階へ!

分厚く質感の良い木材が惜しげもなく使われたこの階段、
一体どれほどの価値があるのだろうか・・・
旧伴家住宅 2-2
階段横に置かれているのは、
江戸時代に実際に伴庄右衛門家(扇屋)の店頭(もしくは邸宅前)に
掲げられていたと思しき看板で、
伴庄右衛門家が蚊帳と畳表の売買を
生業としていたことを示す、貴重なもの。

かつて日本の夏の風物詩であった、
飛び回る蚊を防ぐための寝具・蚊帳(かや)を
萌黄色に染め上げ、紅色の縁取りを付けた、
いわゆる近江蚊帳を生み出したのは
八幡商人だと言われているそう。

その先駆けとなったのは、
あの大手寝具メーカー・西川のご先祖様に当たる、
二代目西川甚五郎(にしかわ じんごろう)なのだとか。

先人の知恵と工夫が(今は「蚊帳」は廃れたとはいえ)
後世へと受け継がれ、
築き上げられたものが組織や事業として結実する・・・
人の営みとは、実に素晴らしい!
旧伴家住宅 2-3
階段を上がった先は、旧主屋の二階部分。

日当たりの良い座敷は小学校時代に
唱歌室(音楽室)として使われていた場所で、
近江八幡市と「兄弟都市」を締結している
アメリカ・カンザス州の都市にちなんで
レブンワースの名が付けられています。
旧伴家住宅 2-4
部屋の隅には、扇子や短歌?俳句?の描かれた衝立が
立てられています。
旧伴家住宅 2-5
「レブンワース」の窓から覗いた風景。

真ん前に在る交差点では、左から右へ抜ける朝鮮人街道
手前から奥に向かう新町通りが交差しています。
旧伴家住宅 2-6
「レブンワース」から短い階段を上った先に飾られているのは、
近江八幡の名産の一つ・瓦人形

この2体の人形は、江戸時代に朝鮮国から江戸幕府に向けて
派遣された外交使節・朝鮮通信使
列の先頭に立っていた旗手をモデルとしたもので、

旗を掲げる様子や、引き締まった表情から窺える
「国の代表使節団」の一員としての緊張感、
身に着けている服の質感などもリアルに表現されています。
旧伴家住宅 2-7
こちらは朝鮮通信使の行列を描写したもの。

文禄・慶長の役(いわゆる「朝鮮出兵」)によって
国交が断絶していた
朝鮮日本

朝鮮出兵を命じた豊臣秀吉の死後、関ヶ原の戦いを経て
政権が徳川氏へと渡ると、
新生幕府は対馬の宗氏を通して朝鮮国と国交を回復

以後両国の交流が復活した慶長12(1607)年から
江戸時代後期の文化8(1811)年まで、
将軍交代などに合わせて12度に渡って使節団が派遣され、
各地で土地を挙げての接待や国際交流が図られました。

近江八幡はそのうちの10回で休憩場所として指定され、
使節団の中心となる正使・副使・従事官の「三使」を始め、
上々官(通訳)、上判事、学士、他上官や下官など
総勢500人にも及ぶ大集団を迎え入れ、

その度に饗応料理の提供や使節団が通行する朝鮮人街道の整備、
街道沿いへの植樹
宿舎として提供される寺院や家屋の修理、
休憩場所となる茶屋や雪隠(せっちん。トイレ)の設置、
人馬の手配など、大々的な準備がなされていたようです。

(日本側から派遣された警護や従者なども含めると、
その総数は1,500人にも達したとか。
迎える方も大変だ・・・)
旧伴家住宅 2-8
ここからは、使節団に提供された料理、
饗応膳(きょうおうぜん)をご紹介!

通信使が派遣される度に一行の休憩場所として
指定された近江八幡では、
本願寺八幡別院(金台寺)に三使を、
その他の随行員や警備の人々などを街道筋の家々に迎え入れ、
豪勢な料理が振舞われました。

こちらの品は本膳の前に出された熨斗(のし)と呼ばれるもので、
アワビの肉を薄く剥いで引き延ばし、
ひも状にしてから乾かしたもの(いわゆる「のしアワビ」)。

この料理は永続を意味することから
祝事には欠かせない料理とされていたそうで、
アワビは飾り紙に、「永続」の願いは贈答品への「添え物」へと
意味を変えたものの、
その心意気は現代へと受け継がれています。

(饗応膳に「熨斗」が添えられたのは、
一度断絶しながらも回復を果たした両国の、
永続的な友好関係を願ってのものだったのでしょう。
今?う~ん・・・)
旧伴家住宅 2-9
「熨斗」に続いて出されるのが、メインとなる本膳

その中身は、「主役」に据えられるだけあって、
豪華なもの。

1.唐墨(カラスミ。ボラなどの卵巣を塩漬けし、
塩抜き後、天日干しで乾燥させたもの)
2.香物(こうのもの)
3.和交(あえまぜ。ニンジン・ゴボウ・大根の和え物・・・かな?)
4.焼物(やきもの。鯛の塩焼き)
5.蒲鉾(かまぼこ)
6.汁(ふくさ(2種類の食材を合わせた料理)、雁(がん)、ごぼう、
大根、塩松茸、焼麩(やきふ))
7.食(ご飯)
8.丸塩
9.金箸臺(きんはしだい。金箔で装飾された箸置き)
旧伴家住宅 2-10
続いて二の膳。
1.蛸(たこ)
2.鮎鮨(あゆずし)
3.貝盛り
4.ふくめ(含め煮。食材を多めの煮汁で時間をかけて煮ることにより、
食材の持ち味を引出しながら、
調味料や出汁の味を食材に浸みこませた料理。
この品は見た感じ大根かな?・・・大根使った料理が多いな 笑)
5.小桶(中身はうるかという、鮎の内臓を塩辛にしたもの)
6.汁(鯛と青昆布を混ぜたすまし汁)

山盛りに盛られたタコが目立ちますね(笑)
旧伴家住宅 2-11
〆の三の膳。
1.羽盛り(タモ・・・はもり。ウズラの一尾載せ)
2.舟盛り(伊勢海老だ~!)
3.辛螺(にし。巻貝)
4.汁(ふくさ・いりこ・芋・ごぼう・大根・椎茸)

ここでは紹介されてはいませんでしたが、
食後には菓子類も出されたと思われ、
まさに和のフルコースと呼べる料理の数々が
提供されていたことが分かります。

これらの料理を囲みながらの饗応の場・・・
それは素敵な「国際交流」の風景であったことでしょう。
旧伴家住宅 2-12
二階の最奥は、上ノ国(かみのくに。近江八幡市と姉妹都市を締結している、
北海道上ノ国町に由来)と名付けられた広大な座敷。

小学校時代には児童たちに手芸を教える
裁縫室として使われていたそう。

さらに遡れば、「伴庄右衛門家」所有当時は
客人たちをもてなす「大広間」として使われたのかも知れません。
旧伴家住宅 2-13
「上ノ国」の奥には、ここで使われていたと思しき食器が置かれ、
その背後にに彩色された屏風が立てられています。
旧伴家住宅 2-14
屏風の左隻(させき)には、江戸後期~幕末に掛けて
浦賀奉行、京都西町奉行、江戸北町奉行といった
要職を歴任する一方、

漢詩や書画に通じ、蔵書家、芸術鑑定家としての
一面も持っていた幕臣・浅野長祚(あさの ながよし)作の
漢詩が遺されています。

詩文を翻刻した解説文をうまく写せていなかったため(すみません 汗)
詳説は省かせていただきますが、

古びた巣の中で幸せそうな様子の燕の親子や、
粗末な小屋に住みながらも庭の手入れを怠らず、
穏やかに慎ましく暮らす絵画の登場人物の姿を引き合いに、
「日常の何気ない風景に、この上ない幸せを見つけることの大切さ」を
説いた作品だそう。

(現代日本にも通じ得る、素敵な思想です♪)
旧伴家住宅 2-15
右隻描かれた絵画も、長祚筆によるもの。
作品の右上に、作成日時とともに
「蔣潭(しょうたん)蝦侶(かろ)長祚」の名が
刻まれています。
(「蔣潭」と「蝦侶」は、どちらも「文化人」長祚が名乗った号)

漢詩から窺える達筆ぶりといい、
絵画に表れている写実性と技巧といい、
実に多才な人物だったのでしょう。
(おまけに仕事も出来る!)
旧伴家住宅 2-16
最後に校長室として使われていた部屋を見て、
「旧伴家住宅」の探索は終了!
(三階は建物の図面を見る限りでは「屋根裏部屋」のような
造りであるらしく、非公開となっています)
歴史民俗資料館 1
引き続き「近江商人」の成り立ちと近江八幡の歴史を学ぶべく、
朝鮮人街道を挟んで向かい側に建つ、
歴史民俗資料館に入ります!

参考:日本の食べ物用語辞典
    日本料理、会席・懐石案内所
    「旧伴家住宅」内 説明書き
    Wikipedia
    コトバンク

「近江商人のふるさとを歩く」編
第1回 ~「旧伴家住宅」その1~

旧伴家住宅


開館時間
9:00~17:00(最終入館16:30)
休館日
月曜日、祝祭日翌日、年末年始
(3・4・5月および10・11月は無休)
入館料
個人・・・一般 400円、小・中学生 250円
団体(10名以上)・・・一般 350円、小・中学生 200円
資料館・旧伴家住宅 共通入館券
個人・・・一般 800円 小・中学生 400円
団体(10名以上)・・・一般 700円 小・中学生 300円
お問い合わせ
〒523-0871
滋賀県近江八幡市新町3丁目15
TEL/FAX
0748-32-1877

アクセス

名神高速道路 竜王ICから30分
※市営小幡観光駐車場(有料)をご利用ください
収容台数
普通車 83 台
大型車 11 台

公共交通機関
JR琵琶湖線 近江八幡駅下車
近江鉄道バス「八幡市内線」・「長命寺線」で6分
小幡町資料館前バス停下車すぐ

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。