fc2ブログ

記事一覧

越前旅3 ~海の幸、城の残滓~

移住以来、ちょいちょい来襲する雨雲も何のその、
晴れの国」の異名に違わぬ
カラっ晴れぶりを見せてくれていた、岡山県

しかし先日日本列島を脅かしたトリプル台風以来
雨マーク知らず」であった天候もついに崩れ、
しばらく曇天続き。

気温もやや下がり、
が迫りつつあることを感じます。

さて、2月前に赴いた福井旅行の出来事を
ゆるりと綴っております、「越前旅」編。

敦賀駅到着から「敦賀シンボルロード」、
それから「越前国一之宮・氣比神宮」と
2時間ほど掛けてじっくりを巡ったため、
時刻は既にお昼時。

次の目的地までの移動も兼ね、
おいし~い「海の幸」を求めて
敦賀漁港方面へ向かいます!
敦賀 3-1
「越前国一之宮」・氣比神宮(けひじんぐう)参拝を済ませた私。
大鳥居を出て、これまた人気の少ない
「きらめき通り」を歩きます。
敦賀 3-2
しばらく進んだあと、古風な町並みが広がる
博物館通りへ。

趣ある石畳の周りには・・・
敦賀 3-3
昭和2(1927)年に「大和田銀行本店」として建てられ、
重要文化財にも指定されている洋風建築・
敦賀市立博物館
敦賀 3-24
昔懐かしい伝承遊びの風景や四季折々の風物詩、
語り継がれてきた昔話を、
生き生きとした情景で表現した手芸品・
紙わらべに関する展示や、

「紙あそび」の教室が行われている
紙わらべ資料館といった展示施設
敦賀 3-4
゛港町・敦賀″の面影を残す古民家や
敦賀 3-5

敦賀 3-6
酒造として使われていた建物が並び、
情緒たっぷり!
(次に敦賀を訪れる機会があれば、じっくり巡りたい!)
敦賀 3-6.5
そんな「博物館通り」を抜けてやって来たのは、
日本海海の幸がジャンジャン水揚げされる
海幸銀座」・敦賀漁港の目の前で営業中の・・・
敦賀 3-7
魚処 定吉(建物2階、明かりが点いている部分)

漁港沿い、飲食店が集まる場所に位置する海鮮料理店で、
調理場で黙々と仕事をこなす「職人さん」感溢れる
ご主人と、
これまた黙々とご主人を支える奥さんのご夫婦で
切り盛りされている、小さなお店。
敦賀 3-9
席数が少なかったためちょっと迷ったものの、
眺めの良い窓辺の4名席を占領!

ガラス越しには敦賀漁港や「敦賀港大橋」を
一望でき、なんだか得した気分に♪
敦賀 3-10
そんな「定吉」で頂くのはコチラ、
特選海鮮丼!

たっぷりの酢飯にイクラ玉子が載せられたごはん、
選りすぐりの質のよい刺身が盛り付けられたお皿をメインに、
魚で出汁を取ったあら汁とお漬物が付いて
お値段は・・・時価!

季節や営業当日の仕入れ状況によって盛り付ける品が
異なるため、日によって価格は変動するのだそう。
(概ね2,000円~3,500円の間)
来訪した日(6月6日・日曜日)は2,500円に設定されていました。
敦賀 3-11
そしてこちらが、ご主人の゛目利き″で選び抜かれた、
この日の「主役」たち。
1.サバ
2.近海マグロ
3.アジ
4.甘エビ
5.イカ
6.タイ
7.越前ウニ
の計7品。

「値段相応の味があるのか・・・?」と(失礼ながら)思いつつ
ネタを口に運んでみると・・・
good!

「その日その時季でベストなものを選んだ」だけあって、
どのネタも新鮮で、歯ごたえも良く肉厚!

特にたっぷり脂の乗った近海マグロ
表面を炙ることで余計な脂を飛ばし、
じわりと旨味が染み出したサバ
醤油を付けずとも、食材そのものの味わいが楽しめる越前ウニは、
出色の出来!

ご主人(結構フレンドリーな人だった 笑)曰く
「今日(日曜日)は市場が休みだから、
明日(月曜日)はもっと新鮮で美味しい!」そう。

残念ながら(泣)敦賀滞在中に再訪の機会はありませんでしたが、
(拠点としていた駅周辺から遠かった・・・)
この記事を見て「行ってみたい!」と思われた方には、
市場営業日のご訪問をオススメいたします!
敦賀 3-12
あまりのネタの美味しさに、
用意されたご飯に盛り付けるのも忘れて
「別食い」してしまいました(笑)
(ただの「刺身」と「丼」に 笑)
敦賀 3-13
「大満足」で「定吉」を出て、
漁港の風景や敦賀港大橋を眺めながら・・・
敦賀 3-14
のんびり歩く。
敦賀 3-15
敦賀漁港の近く、結城町(ゆうきちょう)付近を流れる、赤川
敦賀 3-17
泳ぎ回る小魚たち。

に近い場所を流れる赤川ですが、
彼らは淡水魚でしょうか?それとも海水魚でしょうか?
敦賀 3-18
結城町の一角、赤川沿いに門を構える、
真願寺(しんがんじ)
浄土真宗大谷派(本山は京都・東本願寺)に属する寺院。

ここを訪れたお目当ては・・・
敦賀 3-19
本堂の前に在る・・・
敦賀 3-20
こちらの石。
なにやらただの丸っこい石ではなく、平たく成形され、
なおかつ中央部分に明らかに意図的と思われる
穴が穿たれているのがお分かりいただけるかと思います。

それもそのハズ!
お城好きな方ならもうお分かりかと思いますが、
この石はただの石にあらず!

天下分け目の関ケ原にて西軍指揮官・
石田三成(いしだ みつなり)との友情にその身を捧げ、
奮戦ののちに壮絶な死を遂げた信義の士・
大谷吉継(おおたに よしつぐ。吉隆とも)の居城であった、
敦賀城の建物を支えていた礎石なのです!

敦賀城は天正11(1583)年、
柴田勝家(しばた かついえ)討滅後の嶺南
(れいなん。福井県南部、敦賀地域や若狭国(わかさのくに)一帯を指す)
支配の拠点として、
羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)の家臣・
蜂谷頼隆(はちや よりたか)によって築城されました。

その城域は現在の結城町とその隣の
三島町一丁目付近に相当し、
南北500メートル、東西300メートルほど。
本丸には三層の天守を戴き、
敦賀湾に面した水城であったと思われます。

敦賀入封後も各地の戦いに従軍し、
「豊臣」姓を賜る等活躍を見せた頼隆でしたが、
天正17(1589)年に病没

その後を受けて2万石(最終的には加増により5万石)で
入封したのが、
豊臣政権下で奉行格を務めていた能臣・
大谷吉継(おおたに よしつぐ)

吉継公は日本海の海上交通と
北陸道の陸路を抑える要地として
敦賀城の改修に努めるとともに、城下町も整備。

市街を流れる笙ノ川(しょうのかわ)・児屋川
二川を境として、
「川西・川中・川東」に町割りを行いました。

そして運命の慶長5(1600)年。
「太閤」・豊臣秀吉の死後、事実上天下に君臨しつつあった
「五大老」筆頭・徳川家康(とくがわ いえやす)に対し、
同じく「五大老」の一人であった会津領主・
上杉景勝(うえすぎ かげかつ)が敢然と反抗

「豊臣政権」を脅かしかねないこの動きに対し、
国政を預かる身に在った家康は会津征伐を企図。
近しい大名たちに動員を掛け、
自らも兵を引き連れ東国へと出立します。

かつて豊臣家の中枢に在った吉継公にも声が掛かり、
それに応えた吉継公は3,000の兵を率いて敦賀を出立。
その途上で近江国(滋賀県)佐和山城(さわやまじょう)の主・
石田三成(いしだ みつなり)の元を訪れ、
旧交を温めんとします。

ところがそこで三成より聞かされたのは、
豊臣を守護し、徳川を打倒せんとする挙兵の企て。

これを「無謀」と断じた吉継公は必死の説得を試みますが、
三成の堅い意志を前に説得を断念し、
自らも西軍に加わることを決意。
以後その身を賭して、友の願いのために奔走します。

そして迎えた関ヶ原の決戦では、
不穏な動きを見せる小早川秀秋(こばやかわ ひであき)への
抑えとして、松尾山(小早川隊陣所)の東麓に位置する
山中村に布陣。

藤堂高虎(とうどう たかとら)・京極高知(きょうごく たかとも)ら
東軍部隊と交戦しながら、
松尾山の動向を見守ります。

昼を過ぎた頃、徳川勢からの脅しを受けた小早川勢が、
懸念していた通り裏切り、大谷隊へと殺到。
しかし吉継公にとってはこれも織り込み済みであり、
用意していた精鋭たち、周辺諸隊とともに
小早川隊を押し返す奮戦を見せます。

ところが小早川隊への備えとして配置されていた
・脇坂安治(わきさか やすはる)
・朽木元綱(くつき もとつな)
・小川祐忠(おがわ すけただ)
・赤座直保(あかざ なおやす)
の4隊も静観から寝返りへと転じ、
これらの隊に側方から攻撃されたことから
大谷隊は壊滅

采配を振るっていた吉継公は、家臣に自らの首を戦場に埋めて
他言せぬよう頼んだのち、自刃
戦場の露と消えました。

戦後敦賀城は新たに越前国主となった
結城秀康(ゆうき ひでやす)に引き渡され、
代官が派遣される形で
嶺南地域の支配拠点として存続。

しかし元和元(1615)年に一国一城令
公布されたことを受け、敦賀城は廃城
天守や櫓、石垣などの建材は残らず破却されて
しまいました。
(その後敦賀地域は小浜藩領となり、
二つの奉行所や代官所によって廃藩置県まで
統治されることとなりました)
敦賀 3-21
現在敦賀城の痕跡は皆無と言ってよい
状態となっており、
建物や石垣はおろか水堀に至るまで、
その名残りを確認することは出来ません。

それでもわずかに
・敦賀西小学校敷地内より、建物遺構が出土
・市内の寺院・来迎寺(らいごうじ)の山門は、
敦賀城中門からの移築と伝わる他、
破却の際に移されたとされる腰高障子(こしだかしょうじ)
十三枚が現存。
・先ほど目にした赤川は、水堀の名残りとの説アリ。

と城の残滓が散在しています。

ここ「真願寺」には乾門(いぬいもん)という名の
城門が建っていたそうで、
この礎石もあるいはその「乾門」のものであったのかも
知れません。
(遺構が限りなく「無」に近い以上、
確かめようはないのでしょうが・・・)
敦賀 3-22
港町(あるいは城下町?)の名残りを留める路地を抜け、
次の目的地を目指します。

参考:城めぐりチャンネル
    食べログ
    Wikipedia

「越前旅」編
第1回 ~敦賀駅と「敦賀シンボルロード」~

第2回 ~「越前国一之宮」・氣比神宮~

魚処 定吉

営業時間
11:00~16:00

定休日
火曜日

アクセス
自家用車の場合
北陸自動車道 敦賀ICより 約10分

公共交通機関の場合
JR敦賀駅より
ぐるっと敦賀周遊バス」にて
博物館通りバス停下車 徒歩約5分

予約・お問い合わせ
福井県敦賀市蓬莱町17-25 敦賀市漁協福祉会館 2F
TEL 0770-23-1871

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。