fc2ブログ

記事一覧

越前旅8 ~敦賀港駅とランプ小屋~

廃線跡

かつて「国策」として日本各地で建設が進められ、
旅客や国の「血肉」となる物資の輸送に欠かせない
存在であった、鉄道線。

しかし戦後のモータリゼーションの進展
都市部への人口集中
鉄道での貨物輸送の衰退、
人々の生活様式の変化等の要因によって
地方の鉄道網は縮小へと追い込まれて行くこととなり、
各地で路線や鉄道会社の廃止が続出。

近年では人口減少コロナ禍も追い打ちを掛ける形で
需要減少に拍車が掛かり、
地方の鉄道は「生きるか死ぬか」の岐路に
立たされています。

今回はそんな時流の中で生み出されてきた廃線跡のひとつ、
敦賀港線の終着駅だった場所を訪ねて
往年の盛勢の跡に思いを馳せるとともに、
この地に残る貴重な鉄道遺産にも
スポットを当てて参ります。


敦賀港の目の前に並ぶ観光名所・敦賀赤レンガ倉庫
鉄道と港のジオラマや洋風建築内で頂くグルメ、
屋外展示された保存車両を楽しみ、
臨港地区の山側へ。

赤レンガ倉庫の裏手から出て少し歩くと・・・
敦賀赤レンガ倉庫 3-1
工場を通り過ぎた先に線路が出現!

観光スポットや住宅地に囲まれた閑静な立地に
突如現れる鉄道施設に驚かされますが、
ここはかつて敦賀駅から北陸本線
貨物専用支線として伸びていた鉄道線・
敦賀港線

その終点として貨物列車が発着し、
岸壁に横付けした船舶への貨物の積み込みと
列車への載せ替えが行われていた、
敦賀港駅の跡地。

明治15(1882)年、のちに東海道本線と呼ばれることになる
東京―神戸間の鉄道線への連絡を前提として、
滋賀県長浜駅と日本海側の港町・敦賀の間で
開業を迎えた、北陸線

敦賀港駅はその敦賀側の起終点に当たる
金ケ崎駅として開業しました。
(当初は長浜―柳ケ瀬間、洞道口―金ケ崎間。
のち柳ケ瀬トンネルが開通したことで
部分開業を達成)

当初から敦賀港を発着する船舶向けの
貨物路線という性格が強く、
明治30(1897)年には旅客輸送を廃止して
貨物線駅に役割を一本化した同駅。

そんななか明治24(1891)年に開港場に、
日露戦争後の明治40(1907)年には
日本海側唯一となる第一種重要港湾として
指定を受けた敦賀港は、
その地勢から「大陸への玄関口」として隆盛。

明治45(1912)年に北陸線からの短絡線が開通して
敦賀駅構内でのスイッチバックが解消されると、
日本と大陸を結ぶ交通路の一環として
欧亜国際連絡列車の運行が開始され、

金ケ崎駅日本海横断航路で運航される貨客船に
貨物や旅客をリレーするための中継点となり、
東京・新橋から直通列車が敦賀まで到来。
その乗換駅として金ケ崎駅(大正8(1919)年に「敦賀港駅」に改称)も
活況を見せることとなりました。

そうして日本と世界を結ぶ「架け橋」となっていた
欧亜国際連絡列車も、
日本を取り巻く外交関係の悪化
大陸での戦闘の激化・泥沼化により
太平洋戦争開戦へと至る昭和16(1941)年に廃止

これが敦賀港駅にとって事実上の
定期旅客列車の運行終了となりました。

敦賀の街に大きな被害をもたらした敦賀空襲も乗り越え、
貨物駅として再出発を果たした敦賀港駅

JR化後も国内外への貨物を搬出するための拠点として、
またイベント時の旅客列車の終着点として
活用されていた同駅でしたが、
鉄道輸送の需要が減少したことから
平成21(2009)年に貨物列車が廃止され、
事実上の路線休止に。

その後も路線と鉄道施設の所有者であるJR貨物
地元自治体との間で
貨物列車の復活や路線の活用が模索されましたが、
平成31(2019)年4月に正式に廃止が決定。
明治以来137年の歴史に終止符が打たれることとなりました。
敦賀港駅 2
休止から12年、廃止から2年が経過している敦賀港線

現在では鉄路の一部は剥がされてしまい
もはや敦賀駅まで繋がることは叶いませんが、
臨港地区の住宅街の中にはハッキリと
その痕跡が残されています。

現役時代そのままの標識や関連設備が、
なんだか物哀しい。
敦賀港駅 3
踏切部分はコンクリートで埋められ、
列車の通行が出来ない状態とされています。
敦賀港駅 4
の足下に転がる、撤去された
敦賀港駅 5
鉄道駅としての役目を終えた敦賀港駅ですが、
敷地は今でもJR貨物が保有。

列車の運行を行わず貨物コンテナのみを取り扱う、
オフレールステーションとして
活用されています。
(駅跡地を観光施設として、敦賀港線跡地を
観光列車の運行路線として「改造」する計画も
あるそうですが、
用地取得の関係から進展はしていない模様)
敦賀港駅 6
構内には敦賀港駅駅舎も残されています。

路線廃止となった今では無用の長物
化している感もありますが、
この建物が再び脚光を浴びる日は訪れるのでしょうか・・・


国際航路の中継駅として栄えた記憶はすでに遠く、
時の流れに身を任せるばかりの敦賀港駅
ここを訪れた目的は、現状確認の他にもう一点。

それが敦賀港駅駅舎の隣に佇む・・・
敦賀港駅 7
こちらの建物。
敦賀港駅 8
この建物は旧敦賀港駅ランプ小屋と呼ばれる、
列車運行に必要な石油ランプの保管と
灯火具への灯油の注入が行われていた施設。

今では当たり前の存在となった電灯ですが、
明治15(1882)年の北陸方面への鉄道開通当時は
国内ではまだ十分に普及しておらず、

早朝の薄暗い時間帯に列車を運行するためには
機関車や客車に掲げる灯火や線路わきの
駅構内を照らすための照明等に
石油ランプを使う必要がありました。

この「旧敦賀港駅ランプ小屋」は敦賀港駅
金ケ崎駅」として開業した当時から存在する建物で、
当時は先に述べた通りこの中でランプの保管や
灯油の注入が行われ、

同種の施設としては横浜駅(現 桜木町駅)や京都駅に次ぐ
全国三番目
あの大阪駅をも上回る規模を誇る建物だったそう。
(当時の鉄道における金ケ崎駅・および敦賀地域の
重要性が分かります)

明治41(1908)年以降敦賀地域でも電灯が普及し始めたことから
鉄道におけるガス灯の淘汰とともに
この施設も本来の役目を失うこととなりましたが、
火に強い構造であったことから
燃料や潤滑油などの倉庫として存置。

その後平成26(2014)年にJR貨物から
敦賀市へと寄贈され、
瓦葺きの復元や目地の修復といった必要な工事を経て、
展示施設として活用されています。
(旧長浜駅舎(長浜鉄道スクエア)と並ぶ、
現存最古の鉄道建築物のひとつだそうな)
敦賀港駅 9
「旧敦賀港駅ランプ小屋」の外壁部分。

外壁を構成するレンガ壁敦賀赤レンガ倉庫同様、
長い部材と短い部材を交互に積み重ねるイギリス積み

北陸本線関連施設(旧線含む)では明治26(1893)年以降
レンガ製作を担当した工場を示す刻印
入れられているのに対し、
この「旧敦賀港駅ランプ小屋」はそれ以前の建築のため、
刻印は積み上げた職人ごとにバラバラ

焼き色や形も職人や部材ごとにバラバラとなっており、
どこか「個性」を感じる造りとなっています。
敦賀港駅 10
内部に二つの部屋が残されている、
「旧敦賀港駅ランプ小屋」。

左側の部屋にはかつての敦賀港の写真や絵図、
ランプ小屋や灯油の入手経路などが説明された
ランプ小屋新聞が掲示されています。

(「ランプ小屋新聞」は地味に
日本遺産「海を越えた鉄道 世界へつながる 鉄路のキセキ」の
構成文化財に指定されているそうな。
建物じゃないんかい!)

こちらの写真は敦賀に電灯が普及し始めた
明治40(1907)年頃の敦賀港を写したもので、
入港した国内外の船や敦賀赤レンガ倉庫などの
臨港地区の風景が確認できます。
敦賀港駅 11
写真の中、敦賀港駅(当時は金ケ崎駅)の一角には、
ランプ小屋の姿も。

建物の歴史を感じます。
敦賀港駅 12
こちらは明治14(1881)年の敦賀地域の風景を描いた
越前国敦賀海陸図(敦賀市立博物館蔵)の写し。
敦賀港駅 13
絵図の中には、金ケ崎駅が
「ステンション(ステーション)」の表記で描かれています。

「越前国敦賀海陸図」が描かれたのは
北陸線開業の前年ですが、
既に地元商人たちの要請によって一部完成した線路
(金ケ崎―疋田間)を使って貨物を輸送する、
仮運行が行われていたそうな。
敦賀港駅 14
右側の部屋では、
開業当時のランプ小屋の様子が再現されています。

正面の棚に並ぶのは、
当時北陸線を走っていた蒸気機関車に
掲示されていたランプの、複製品。

左側の棚は駅構内の進行注意停止を示す

駅員が用いるための手持ち灯を置くための
スペースとなっていますが、
使用中の様子を再現するために敢えて空にされています。
(設定が細かい・・・!)
敦賀港駅 15

敦賀港駅 16
棚に置かれた赤色燈(灯)緑色燈

当時北陸線で使われた機関車は
いずれも輸入されたもので、
先行の1920形蒸気機関車(SL)
マニング・ワールド社で製造され、

はるばる船で運ばれた後、
明治13(1880)年に神戸港に到着。

その後敦賀へと航送されて
線路建設のための土砂や資材を運搬する
工事用車両として活躍しました。

15(1882)年に本格的な営業運転が開始された後も
橋脚の補強工事や一部の旅客・貨物輸送に充当され、
1800形(後述)導入まで主役級の働きを
披露していました。

一方営業用車両として導入された
1800形蒸気機関車(SL)
キットソン社で製造された機関車で、
北陸線開業後の明治15年10月に敦賀港に到着。

1920形の2倍近くにおよび金ケ崎―洞道口間の
25‰※の急勾配区間にも対応した牽引力と、
北陸線の補強工事が完了を迎えた状況から
すぐに1920形に代わる主力機として定着し、
後継機の登場まで運用されました。

‰・・・パーミル。千分率とも。
「1000分の1を1とする」単位であり、
鉄道では勾配の度合いを示す指標として使用され、
「25‰」の場合は1000m進むごとに25m上っていることを表す。
敦賀港駅 17
北陸線で使われていた灯火の使用例。

電灯発達以前は車両の前後に
2色の石油ランプが掲示され、
個数や組合せによって列車の種別や運行形態を区分。

接近する列車を見た駅員や踏切員に、
一目で種別を知らせる役割を果たしていました。
敦賀港駅 19
室内床面に置かれているのは、
北陸線開業当時に使われていた石油缶
複製品。

当時世界で使われていた石油はその半分以上
アメリカで生産されており、
鉄道用灯火に使用されていた灯油
そのほとんどをアメリカからの輸入に頼っていました。
(輸入頼みなのは今も変わりませんが 笑)

金ケ崎駅では地理的に関西に近かったこともあり、
神戸港から陸揚げされた
アトランティック製油社製の灯油が
機関車や信号、構内照明向けの灯火に使用され、

当時はまだ「ドラム缶」が開発されていなかったこともあって、
このような5ガロン缶(一斗缶相当)2個を一組として
輸送・管理されていたそう。
(関西では外箱が松材で出来ていたことから、
「松印」の名で呼ばれていました)

ちなみに敦賀赤レンガ倉庫の原型となった
紐育(ニューヨーク)スタンダード株式会社の倉庫が
建設されたのも、
アメリカ産灯油を直接陸揚げ・供給するため
だったのだとか。
敦賀港駅 18
こちらは戦後まもない頃に作られたドラム缶

ドラム缶は1903(明治36)年に
アメリカの女性ジャーナリスト、
ネリー・ブライによって発明され、
1910年代の第一次世界大戦をきっかけに普及。

日本では大正13(1924)年に最初の輸入が行われ、
昭和7(1932)年頃より本格的な国内生産
開始されました。

このドラム缶は灯火用灯油の需要が無くなった後の
「ランプ小屋」で使用されていたもので、
暖房用の灯油(駅舎内で使用?)を
貯蔵する目的で保管されていました。
敦賀港駅 20
貴重な「鉄道遺産」を見物した後は
再び敦賀港線跡を横断して敦賀赤レンガ倉庫へ戻り、
レストラン館赤れんがcafeでティータイム♪
敦賀港駅 21
店舗奥、丸テーブルとイスが並ぶ
落ち着いた雰囲気の飲食スペースで頂くのは・・・
敦賀港駅 22
敦賀の「ご当地デザート」・ふくいプリン!
(とカフェラテのセット)
(おそらく)赤れんがcafeで製造された「お手製デザート」で、

スタンダードな味のまろやかプリン
豆乳やきび砂糖を用いた豆乳ぷりん
南国テイストのココナッツプリン
たっぷりのチョコレートを混ぜ込み、ムース風に仕上げられた
チョコムースプリンの4種類が存在。

それぞれ厳選された素材とそれに合わせた味付けが
なされており、
好みに合わせたチョイスが可能となっています♪
敦賀港駅 23
そんな「ふくいプリン」の中から今回選んだのは、
「the・プリン」といった構成のまろやかプリン

見た目はノーマルなプリンといった印象ですが、
材料には
・福井県産卵と牛乳
・岐阜県産ハチミツ
・北海道産生クリームと甜菜糖(てんさいとう。砂糖)
といった厳選素材を用い、

濃厚な味わいととろけるような舌ざわり、
豊かな甘味を生み出しています♪
敦賀港駅 24
これまた濃密なカラメルソースを掛ければ、
さらに味変!

甘味のフランス革命や~!
敦賀港駅 25
鉄分濃い目」な一日となった、「越前旅」二日目。

ぐるっと敦賀周遊バスの最終便に揺られ、
敦賀駅前に戻ります。

参考:湖北地域情報誌 み~な
    ドラム缶工業会(JSDA)
    赤れんがcafe運営ネットショップ Life Seeds(ライフシーズ)
    食べログ
    Wikipedia

「越前旅」編
1日目
第一回 第二回 第三回 第四回
2日目
第五回 第六回 第七回

旧敦賀港駅ランプ小屋

公開時間
9:00~18:00

定休日
年中無休(ただし年末年始は公開休止)
※荒天時に公開中止する場合アリ

見学料金
無料

お問い合わせ
敦賀市教育委員会
TEL 0770-22-8153

アクセス

北陸自動車道敦賀ICより 約10分
JR敦賀駅より 約9分

駐車場
「金ケ崎城址駐車場」利用可

公共交通機関
JR敦賀駅より
ぐるっと敦賀周遊バス 「金崎宮」バス停下車スグ
松原線
「金ケ崎緑地」バス停下車 徒歩約10分

赤れんがcafe
営業時間
9:30~18:00

定休日
水曜日

お問い合わせ(予約不可)
TEL 050-5596-2627

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。