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越前旅27 ~復原町並・武家屋敷~

昨日でまた一つカレンダーがめくられ、
早や10月・神無月となりました。

未だに年始が昨日のことのように感じられますが、
日に日に肌に触れる空気も涼しさを増し、
否応なしに冬へと向かいつつあることを
実感しております。

さて、ここ最近国内で起こったトピックといえば、
自民党総裁選

(届け出順に)河野太郎(こうの たろう)氏、
岸田文雄(きしだ ふみお)氏、
高市早苗(たかいち さなえ)氏、
野田聖子(のだ せいこ)氏
の4人によって争われた「党内選挙」は、
最終的に決選投票へともつれ込み、
257票を獲得した
岸田氏に軍配が上がる
形となりました。

新総裁誕生となれば、
まず気になるのは党三役を始めとする
役職の人選

「二階外し」を提言した岸田氏のこと、
新風吹き込む顔ぶれになるのでは・・・?
と期待する声(私はハナから何も期待などして
いませんでしたが)もありましたが、

フタを開けてみれば
・副総裁に麻生太郎
・幹事長に甘利明
・政調会長に高市早苗

その他判明している役職にも
これまで政権運営を担って来た人物や
安倍元総理の息のかかった人物が
選出されるなど、
忖度と実力者への顔色うかがいの
オンパレード!


(一方決選投票にて゛直接的に″
総裁の座を争った河野氏は、
大臣等のポストを外され
「広報本部長」なる役職に)

・・・まぁ分かり切ったことではありましたが、
総裁選ごときで今の政界にメスが入ることなど
あり得ない
こと。

事実上国民を欺き、顧みず、
利権と暴利をむさぼり続けて来た政体が
維持されて行く
ことが確定した訳です。

とはいえいずれは民意を投げかける唯一の場である
総選挙がやって来る。

今のところ真に「日本のためならん」という姿勢が見られる
政治家など存在してはいませんが、
せめて現状を打破する一手となれば、
と願わずにはいられません。


・・・冒頭から汚れ話をしてしまいましたが、
書き進めて参りましょう。

現在探索を進めております、
戦国大名・朝倉氏の本拠地、
一乗谷朝倉氏遺跡
歴代朝倉氏の当主が居住した「朝倉館」を
巡った後は・・・
復原町並み 1
朝倉氏治世下の町並みを再現した、
復原町並みへ!

入口で入場料(290円)を支払い、
休憩所を兼ねたガイダンス施設で
軽く資料に目を通してゲートを潜れば・・・
復原町並み 2
中世の町並み、出現!

南北1.7kmに及ぶ広大な遺跡のうち、
「朝倉館」近く、200mの区画を
「わかりやすく親しめる、生きた歴史体験の場」
として復原

約7,000㎡の範囲に
約6億7,000万円の総工費を投じて
武家屋敷や町家の整備・復原、
その他ガイダンス施設や防災設備、
町並みを囲う外郭の構築などが段階的に行われ、

昭和58(1983)年にまず武家屋敷が、
次いで平成8(2000)年に町家群も含めた
町並み全体の整備が完了しました。
復原町並み 3
水路が整備され、石積みの上に土塀が巡らされた
一乗谷の町並み。

中心部分では真っ直ぐ道が伸ばされているものの、
要所には見通しを妨げ、
一度に多人数が通行することを防ぐT字路
屈曲(クランク)が設けられている
場所もあり、

いざという時の防衛も考慮した
造りとなっているのが分かります。
(高く築かれた土塀も、
伏兵を隠すにはもってこいの
条件だったハズ)
復原町並み 4
この「復原町並」で立ち寄るべき場所の一つが、
通りの中央付近に在る
復原武家屋敷
復原町並み 5
復原町並内に残る中級武家の屋敷を、
当時の石垣や建物の基礎をそのまま使って
忠実に復原したもので、

土塀に囲まれた30㎡四方の敷地に
屋敷の主人や家族が暮らした主殿
使用人たちが居住した納屋(なや)、
資材や道具を保管した
井戸などが存在。

建物に使用されている木材は、
鉋(かんな)や槍鉋(やりがんな)、
手斧(ちょうな)といった大工道具によって
加工が施されていました。
(現代では使用されていない道具もあるため、
当時のものを再現したか、
あるいは゛代用品″が用意されたものと思われます)
復原町並み 6
限られた空間に、必要な施設が効果的に配された
武家屋敷内。

洗濯や入浴、飲料用など生活に欠かせない物資である
を汲み上げるための井戸は、
一乗谷内の各家庭に(身分を問わず)
一基ずつ整備されていました。
(地味にスゴい!)

汚い話注意
復原町並み 7
こちらは雪隠(せっちん)
いわゆるトイレ

前面には○○を隠すための金隠し
備えられ、
しっかり和式トイレとしての体裁が
整えられていたことが分かります。

まだウォシュレット浄化槽
整備されていなかった時代、
便所はもっぱら排出された便を
便槽と呼ばれる貯留器に貯めて、
人力によって処理する汲み取り式
という方式で運用されていました。

(展示の都合もあるかも知れませんが、
外から隠す仕切りも無いのは
なかなか恥ずかしい 笑)

一乗谷日本で初めて
トイレに当たる設備が確認された遺構でもあるそうで、
先ほどの「一家に一井戸」と並び、
一乗谷が高い生活水準を誇った都市
であったことが窺えます。
復原町並み 8
ここから建築物のご紹介。

こちらのプレハブ小屋ほどの大きさの建物は、
屋敷に居住する武家に仕えていた
使用人が暮らすための住居である、
納屋(なや)

武家屋敷内では「脇役」と言うべき建物ですが、
その建築様式は一乗谷内の建築物の特徴を
多く備えており、

平に加工した石材の上に柱を載せた
礎石建物(そせきたてもの)と
呼ばれる工法で、
屋根は割板(わりいた)葺き、
格子窓の上に突き上げ戸※を設けて
防雨・防風機能を付加しています。

扉は横にスライドする横引き式。

※突き上げ戸・・・上端を鴨居(かもい)に蝶番(ちょうつがい)や
壺金(つぼがね)で取り付け、
棒を用いて斜めに突き上げて支えて、
庇の機能も兼ね備えた戸の様式。
復原町並み 9
納屋の内部。

外観通りの狭いスペースを二つに区分し、
右半分は板敷きの生活空間
左半分は生活に必要な物資を確保・
保管するための土間となっています。
復原町並み 10
昼間は食事・休憩場所として、
は寝所として使われたであろう
板敷き部分。

食事風景を再現したのでしょうか?
二つの筵(むしろ)とお盆に載せられた食器が
並べられています。
復原町並み 11
土間に開けられているのは、
を直接組み上げることのできる
水汲み場

今の水道のように屋内に居ながら生活用水を確保できる、
実に理に適った設備。
復原町並み 12
納屋の隣に建てられた、シンプル設計の
復原町並み 13
内部には木材や米、生活用具が保管されていました。
(ところどころに見える現代的アイテムには、
目をつむりましょう)
復原町並み 14
お次は、屋敷の中心的な建物である、
主殿(しゅでん)へ!

梁間(横幅)4間(約7.27m)、桁行(奥行)6間(約11m)。
前2棟と比べて(当然ながら)大きく、
しっかりした造りとなっており、
中央の柱通りを境に屋内を二つに区分。

南半分(建物向こう側)を表向きとして
主人や家族の生活の場、また来客があった場合の
接客の場として利用。

一方北半分(手前側)は裏向きとなり
生活用具をしまう納戸(なんど)や
土間
低い板敷きに囲炉裏を構えた台所などが
並べられています。

また主殿の東南には離れ座敷
置かれており、
茶室として使われることもあったようです。
復原町並み 15
中へ入ってみると、
台所で使用人たちが食事の用意の真っ最中!

囲炉裏から燃え立つ火鉄鍋焦がし
復原町並み 16
男の使用人はを捌いて
復原町並み 17
女性は料理を盛り付ける器の用意に追われています。
復原町並み 18

復原町並み 19
障子から陽射し差し込む座敷では、
料理を待つ主人と客人が
(将棋の)対局の真っ最中!
復原町並み 20
座敷の一角に飾られているのは、
朝倉家臣・溝江長氏(みぞえ ながうじ)が
主君・朝倉義景公より拝領した甲冑
(かっちゅう。武具・鎧兜)・・・の、レプリカ。

正式名を朱銀振分塗伊予札二枚胴具足
(しゅぎんふりわけぬりいよざねにまいどうぐそく)と言い、
兜は戦国~江戸初期に流行した「変わり兜」の一種・
瓜形兜(うりなりかぶと)をベースに、
水牛の角に見立てた脇立
(わきだて。兜の鉢(はち)の左右に立てられる装り)を装着。

胴は(上から彩色?)と二色塗りとして、
戦場でも目立つ華美な
色合いに仕上げられています。

溝江家はのちにお隣・近江国(滋賀県)で立藩された
彦根藩井伊家(赤備えで知られる)に
仕えており、
目立つ軍装は第二の主家にも馴染む
仕上がりとなっています。
(織田信長による統一事業の途上、
朝倉との戦いに貢献した徳川の臣下
仕えることになったのは、皮肉な限り)
復原町並み 21
主殿に隣接して建てられた、離れ座敷
内部の様子。

「侘び寂び(わびさび)」を体現した
簡素な造りの室内に、
主人の趣味(あるいは武家の嗜み)でしょうか?
茶道具が並べられています。
復原町並み 22
「復原武家屋敷」を見た後は、
向かいの区画に残る
上級武家屋敷跡へ。
復原町並み 23
こちらは「復原武家屋敷」と異なり
当時の再現はなされていませんが、
「平面復原地区」同様に整備された広大な敷地に
復原町並み 25
庭園や・・・
復原町並み 24
建物の跡が示されています。

このような大きな屋敷は重臣クラス
武家が居住していた場所と推測されており、
屋敷内に職人が働く工房
構えられていたのだとか。

邸内で生活用具を自給できるとは・・・
強い。
復原町並み 26
一乗谷では敷地や設備もさることながら、
内外を隔てるにも
身分によって差が付けられていました。

上級武家の屋敷の門は、
このように4本の柱で屋根を支える
薬医門(やくいもん)形式。

一方「復原武家屋敷」のような
中級武家の屋敷は、
2本(1列)の柱で構成された簡素な
棟門(むなもん)形式とされており、
家格に応じて明確な格差
存在していたことが窺えます。


悲喜こもごもの、武家の暮らし。
「一発逆転」を狙い、命を削る男たちの
生き様の欠片が、この地には残されています。

参考:Weblio辞典
    コトバンク
    Wikipedia

前回記事
越前旅26 ~当主の住処・朝倉館跡~

復原町並(復原武家屋敷)

開場時間
9:00~17:00(最終入場16:30)

休場日
年末年始(12月28日~翌1月4日)

入場料
個人 大人(15才以上) 税込290円(デ〇ゴスティーニ♪)
団体 (大人20人以上) 一人税込240円
朝倉氏遺跡資料館との共通券 税込320円

※その他着付体験(訪問時休止中)、バーチャルガイド、
有料(要予約)・定時(無料)ガイド等、
各種サービスあり

アクセス

北陸自動車道福井ICより 約10分

公共交通機関
JR一乗谷駅より 徒歩約20分
JR福井駅より
(西口発)京福バス62系統 一乗谷東郷線
復原町並バス停
下車 徒歩約2分
(東口発)朝倉特急バス 復原町並バス停下車
徒歩約2分

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。