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越前旅34 ~「現存天守十二城」・丸岡城~

6.13 Sunday
丸岡城 1
芦原温泉滞在2日目のは、
あいにくの雨模様

しとしと降るに濡れた「ゆ楽」のを眺めながら
のひとときを過ごし、いざ出発!


予め予約していた送迎車両で芦原温泉駅へ移動し、
電車で一駅。
丸岡城 2
この日の目的地の最寄となる、
丸岡駅に到着!
丸岡城 3
駅舎内では、駅の所在地である坂井市にて
毎年8月に催行される
さかい夏祭りの主役、
農村文化の名残りを伝えるかかし
お出迎え!
丸岡城 4
ここから目的地までの移動手段は、
・徒歩(約50分)
・バス(約13分+徒歩)
・タクシー(約10分)
の三択。

しかしこの時はバスは出発後という状況、
一人でのタクシー利用もお高い
(かつ電話での呼び出しの必要アリ)
かなぁ・・・ということで、
時間は掛かるものの徒歩を選択。
(芦原温泉街から直通バスが出ていると知ったのは、
帰る時のこと 笑)
丸岡城 5

丸岡城 6
駅前の通りを抜け、建設中の北陸新幹線高架や
丸岡城 7
越前の山並みを眺めながらゆるりと歩き・・・
丸岡城 8

丸岡城 9

丸岡城 10
城下町の風情を留める丸岡の町に突入!

ここまで来れば、歴史orお城好きの方ならば
もうお分かりでしょう!
今回の目的地は・・・
丸岡城 11
全国でも十二基のみ!(かつ北陸では唯一)
貴重な現存天守が残る城、
丸岡城です!
丸岡城 12
今から446年前、戦国末期の天正3(1575)年。

越前一向一揆により
越前の統治権を失っていた織田信長は、
越前の奪回と一向一揆の討滅を期して、
一揆勢の拠点の一つとなっていた
豊原寺を攻略。

攻略後に信長の命を受けた柴田勝豊
(しばた かつとよ。柴田勝家の甥)は
一向一揆への備えとして寺の跡地に城を築きましたが、
翌天正4(1576)年、より地域の統治と街道の監視に
適した場所に新たに築城を開始。
これが現在の丸岡城となります。

城の造りは加越国境の山並みを背にした
独立丘上を本丸として築かれた平山城で、
麓に西丸・東丸(うどんスープの販売元ではない)の出丸
御殿が置かれた二の丸を配置し、
その外周に広大な水堀を構築。

さらにその外縁を三の丸と水堀でぐるりと囲い、
河川水堀
城下町をも城域の一部として取り込んだ、
惣構え(そうがまえ)の備えが
取られていました。

その後天正10(1582)年、清須会議によって
北近江(滋賀県北部)が柴田家に割譲されると、
築城主である勝豊は長浜城へ移封となり、
代わって柴田家臣の安井家清(やすい いえきよ)が入城。

しかし翌年の賤ケ岳の戦い
柴田家は羽柴(豊臣)秀吉に大敗を喫し、
その後滅亡

城は新たに越前一国の主となった
羽柴方の将・丹羽長秀(にわ ながひで)の
統治下に置かれ、
城代として青山宗勝(あおやま むねかつ)が
入城しました。

慶長5(1600)年に関ヶ原の戦いが起こると、
長秀死後豊臣の直臣となっていた宗勝と
その子忠元(ただもと)は丹羽家とともに
西軍に付いて戦ったため、
戦後に改易

越前国主として徳川家康の次男・
結城秀康(ゆうき ひでやす)が入国し、
城代として今村盛次(いまむら もりつぐ)が
置かれました。

慶長17(1612)年、今度は今村盛次が
越前松平家のお家騒動(越前騒動)に連座したため、
失脚

この際幕府より越前藩の゛お目付け″役も兼ねた
附家老(つけがろう)として
本多成重(ほんだ なりしげ)が派遣され、
丸岡城に入城。

この成重の時に
(またしても)越前松平家の不行跡により
越前領が減封・分割されたため、
大名家として丸岡藩が立藩しました。

元禄8(1695)年、今度は丸岡藩でのお家騒動
本多家が改易処分となり、
日向(宮崎県)延岡藩主の家系に属する
有馬清純(ありま きよずみ)が
越後国(新潟県)糸魚川(いといがわ)より転封。

以後有馬氏6代の城として明治維新
迎えることとなりました。
(江戸時代の越前国、ドタバタし過ぎ 笑)
丸岡城 13
天守正面、「お天守前公園」より望む、
丸岡城天守。

古式ゆかしい造りの望楼が、
丘の緑によく映えます。
丸岡城 14
現在公園とされ、
広大な石敷き芝生が広がる本丸西麓。

かつてはこの辺り一帯に広大な水堀
広がっていましたが、
明治維新後に残らず埋め立てられてしまい、
公園の造りにその面影を残すのみ。

また天守を守っていた石垣や建造物群も
民間への払い下げののち
残らず移築・破却されてしまい、
天守のみが残る「裸同然」の状態となっています。

時の流れが作用していたとはいえ、
なんだか物哀しい・・・
丸岡城 15
昔日に思いを馳せながら、
天守が待ち受ける丘陵上へと向かいます。

本丸跡へと向かう階段の左手に建てられている石碑は、
昭和9(1934)年に丸岡城天守が旧国宝
(現在の重要文化財相当)に
指定されたのを受け、
戦時中の同17(1942)年に
霞城(かすみじょう)保存会によって建立されたもの。

城の別名となっている霞ヶ城(かすみがじょう)は、
合戦時(賤ケ岳の戦い後、羽柴軍の侵攻時?)に
大蛇(だいじゃ)が現れ、
霞を吹いて城を隠した、という伝説に
由来しています。
丸岡城 16
本丸へと至る坂の途上には・・・
丸岡城 17
わずかに石垣の痕跡。
丸岡城 18
券売所で入場料(450円)を支払い、
織物が付けられた素敵♪な入場券
をもらって、さらに城の内側へ!
(入場券は周辺に在る「丸岡歴史民俗資料館」、
「一筆啓上(いっぴつけいじょう) 日本一短い手紙の館」との
共通券の役割も兼備)
丸岡城 19
城門跡と思しき坂道を抜けると、見えて来ました・・・
丸岡城 20
「現存十二天守」の一つにして重要文化財
かつ北陸唯一となる現存天守、
丸岡城天守!
丸岡城 21
丸岡城天守は外観二重中三階で、
高さはおよそ12m。
(石垣も含めると18mほど)

櫓型の下層部分の上に
廻縁を設けた望楼部分を載せた
望楼型という形式で建てられており、
兵庫県・姫路城や長野県・松本城のような
連結する櫓を持たない、
独立式の天守となっています。

内部構造は複数の階層を貫く通し柱
天守中央で天守全体の重量を支える
心柱(しんばしら)を設けず、
下層(櫓部分)が上層(望楼部分)を支える
土台の役割を兼ねています。

このような古式ゆかしい建築様式でありながら
その築造年代は意外に新しく、
寛永年間(1624年~1644年頃)の築であったことが
学術調査で判明。
(それまでは「丸岡城天守こそ現存最古の天守では?」
とも言われていたとか。
確かに見た目だけならとびきり古そう)

また屋根瓦がすべて笏谷石
葺かれているのもこの城の大きな特徴であり、
石瓦の総数は約6,000枚
その総重量は実に75トンにも達するそう。


では早速!・・・と行きたいところですが、
その前にちょっと周囲を探索。
丸岡城 22
天守の足下で見つけたのは、
お静(おしず)さんなる
女性の霊を慰める、慰霊碑

近代化以前、土木技術が未発達で
なおかつ来世や神仏に対する信仰心が
強かった時代、

難工事をともなう築城や架橋、築堤などの現場では
神に対する生贄(いけにえ)として
人を生きたまま石垣土中に埋める
人柱(ひとばしら)と呼ばれる風習がありました。

この丸岡城でも築城の際天守台が崩れることが
相次ぎ、
柴田勝豊公に仕える家臣が
人柱を立てるよう進言。

人選の結果「人柱」として選ばれたのが、
二人の子を抱えて貧しい暮らしを送っていた
お静さん

お静さんは子の一人を侍に取り立ててもらうこと
を条件に「人柱」となることを呑み、
石垣の中へと埋められましたが、
「清須会議」によって勝豊公が
近江長浜へ移封となったことにより
その願いは叶いませんでした。

以来毎年卯月(旧暦4月、新暦4月~6月頃)ころになると
春雨堀の水が溢れることが恒例行事となり、
人々はこれをお静の涙雨と呼んで
墓を建て、その菩提を弔うようになったそう。
丸岡城 23
慰霊碑の隣には、伝承通り小さなお墓
建てられています。

家族のためと自ら進んで身を投げ打ちながら、
約定を違えられた無念・・・
今も天守を支えているかもしれない
彼女の情念を想い、合掌。
丸岡城 25
希少な文化財に秘められた秘話にも
思いを馳せつつ、
天守へ登って参りましょう!

参考:丸岡城 公式サイト
    Wikipedia

前回記事
越前旅33 ~あわら湯めぐり その2~

丸岡城

営業時間
8:30~17:00(最終入場16:30)

休城日
年中無休

入城料
大人:450円
小中学生:150円
団体割引あり(30人以上)

撮影自由、バリアフリー非対応
内部にトイレは無いため、ご注意を。

※城内および霞ヶ城公園内は完全禁煙
※業務としてのカメラ撮影やVTR収録等は要相談
霞ヶ城公園(丸岡城域)および関連施設周辺での
「小型無人機(ドローン)の飛行」および
「小型無人機(ドローン)を用いた撮影」は原則禁止
(マナーはきちんと守りましょう!)

お問い合わせ
丸岡城管理事務所
TEL 0776-66-0303
/FAX 0776-66-0678

アクセス

北陸自動車道丸岡ICから 約10分

公共交通機関
JR福井駅より
京福バス36系統・丸岡線で所要60分
丸岡城バス停下車 徒歩約1分
タクシーで約30分

JR丸岡駅より
京福バス82系統・丸岡永平寺線および
ぐるっと坂井コミュニティバス・丸岡春江ルートで
所要約13分
丸岡バスターミナル下車 徒歩約10分

タクシーで約10分
・・・徒歩約50分

JR芦原温泉駅より
京福バス86系統・長屋線で所要約20分
丸岡本町バス停下車 徒歩約3分

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。