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越前旅40 ~北陸特急・しらさぎ その1~

恐竜広場 5

北陸特急

昭和39(1964)年の「雷鳥(「サンダーバード」の前身」・
しらさぎ」の登場以来、
京阪地域・東海地方(かつては関東も)と北陸を結ぶ
大動脈として君臨し、
半世紀以上もの間存在感を示し続けてきた
特急列車網。

しかし1990年代以降、
北陸(長野)新幹線の開通延伸によって
次第に列車本数と運転区間は削減されて行き、

平成27(2015)年の北陸新幹線金沢開業では
ついに「サンダーバード」と「しらさぎ」の
二種類にまで減少。

かつては大阪と青森を直通していた
長大な運転区間も今や金沢までに縮まり、
特急街道と呼ばれた大幹線の趣は
失われつつあります。

加えて3年後に待ち受ける敦賀延伸によって
さらに運行区間と運転本数が削減されることも
確定している、北陸特急。

残り少ない北陸地区を爆走する様と
ゆったり眺められる
車窓風景を目に焼き付けるべく、
今回は北陸特急に残された「二矢」の一つ、
中京地域へと向かう特急しらさぎ
乗車致します。


6.14 Sunday
ついにやって来た、福井県に別れを告げる日。

チェックアウト時間間近まで
「あわらの隠れ宿 ゆ楽」でゆったりと
朝のひとときを過ごし、あらかじめ予約しておいた
お宿の送迎車両で・・・
しらさぎ 1
芦原温泉もう一つの玄関口・
芦原温泉駅へ!
しらさぎ 2
北陸本線の主要駅の一つとして、
普通列車の他特急しらさぎの全列車、
および特急サンダーバード
「速達タイプ」を除く大部分の列車が停車し、
あわら市・坂井市域へのアクセス拠点として
機能している芦原温泉駅

3年後に予定されている北陸新幹線敦賀延伸では
同駅も停車駅として含まれており、
駅周辺では高架橋の建設と並行して
新幹線駅舎の建設も急ピッチで進められています。
(おそらく速達タイプ(かがやき?)は通過、
多停車タイプ(はくたか?)は停車という
ダイヤが組まれることでしょう)

またその際には在来線は新たに設立される
第三セクター鉄道へと
移管されることとなり、
特急も廃止されることが
予定されています。
(故に関西方面からは不便になってしまいます。
良いことばかりでもない、新幹線)


そんな芦原温泉駅から乗り込むのは・・・
しらさぎ 3
特急しらさぎ

北陸特急誕生の年(であり新幹線開業
東京オリンピック1964開催の年でもある)となった
昭和39(1964)年、
兄弟列車であり関西起点として運行された
雷鳥(現サンダーバード)」とともに
運行を開始。

当初充当車両となる481系
より高い需要の予想された「雷鳥」に
優先的に充てられ、
しらさぎ」は朝夕の一本ずつのみという
間合い運用の意味合いが強い列車でしたが、

電車ならではの速達性
冷暖房完備の快適性から
利用客の人気を博し、北陸本線の速達化
特急雷鳥運転区間変更(湖西線経由へ)もあって
順次運転本数を増加。

湖西線が開業した昭和50(1975)年には
名古屋~金沢・富山間6往復にまで増強され、
同時に米原(まいばら)始発の特急加越
(現在の米原始発列車の源流)が設定されています。
恐竜広場 5
現在「しらさぎ」の主力となっている、681系
JR西日本第一世代特急車両です。


次に「しらさぎ」に大きな動きが起きたのは、
平成15(2003)年。

運行開始以来永らく国鉄型の485系(481系を統合)が
使われ続けていた「しらさぎ加越
でしたが、
この年のダイヤ改正から39年ぶりとなる新車・
683系2000番台が投入され、
一気に車両の置き換えを達成。

またこの683系投入によって
しらさぎ」と「加越」の間に
サービス面での格差がなくなったことから、
両列車を統合
しらさぎ」は名古屋・米原~金沢・富山・和倉温泉間
16往復にまで増強されました。

平成27(2015)年、北陸新幹線金沢まで開業すると、
しらさぎ」は「サンダーバード」とともに
運行区間を金沢まで短縮

また683系2000番台を改造の上
南紀・北近畿両地区へと転用するために
しらさぎ」には特急はくたかの廃止によって
余剰となった681系(一部は「サンダーバード」からも転用)と
683系8000番台
(北越急行から譲渡。一本のみの「レア編成」!)が投入され、
使用車両が先祖帰りする事態となりました(笑)

そんな紆余曲折を経た「しらさぎ」は現在、
名古屋~金沢間、米原(まいばら)~金沢間に
それぞれ8往復ずつを運行。

名古屋始発列車は列車番号1ケタ
(しらさぎ1号・2号~)、
米原始発は2ケタ(51・52号~)が
割り振られています。

今のところ安定している運行体制ですが、
今後北陸新幹線延伸によって
運転区間が削減されることが確定している他、

車両(681系)の置き換えも取り沙汰
(ただしコロナ禍に伴うJR西日本経営悪化により、
置き換え計画は一旦白紙化されている模様)されており、
今後も大きな変化が起こりそうな予感。

(次世代車両は敦賀以北の交流区間
乗り入れる必要がなくなるため、
直流専用車となるでしょう。
また「米原始発」が廃止され、
全列車名古屋発着となることが予想できます)
しらさぎ 4
10時24分、芦原温泉駅3番のりばに、
これから乗り込む「しらさぎ6号」が
入線して来ました!

充当車両はJR西日本681系
特急型電車
(「レア車」じゃなかった!>‐<)

国鉄民営化に伴う会社設立後、
「ドル箱」となる京阪神地区において
競合する私鉄との競争力を高めるために、
通勤路線・車両の整備に注力していた
JR西日本

そんな同社が手掛ける初の特急車両として
開発されたのが、この681系です。

681系は「北陸特急」のメインルートとなる
雷鳥系統のサービス向上
湖西線、および北陸トンネル(13,870m)での
160km/h運転を目指して、
まず平成2(1994)年に先行試作車
9両1編成が登場
(のちに量産化の上「1000番台」として編入)。

同編成での各種試験や特急雷鳥での
先行営業を経て、
同7(1995)年には量産車(0番台)が登場し、
一部の485系を置き換えました。
(681系充当列車は当初は
スーパー雷鳥(サンダーバード)」として運転され、
のちに「サンダーバード」へと呼称を統一)

また平成9(1997)年に新潟県の沿海地域
上越新幹線沿線を短絡化する第三セクター鉄道・
北越急行ほくほく線が開業すると、

新設された同線経由の特急はくたか
681系が投入(一部は北越急行所有2000番台を充当)され、
初めは140km/h、
その後同系列のスペックをフル活用した
160km/h運転が行われ、

北陸新幹線金沢開業に伴い同列車が廃止される
平成27(2015)年まで、
京成スカイライナー(平成22(2010)年より
160km/h運転を実施)と並ぶ
在来線最速列車として君臨していました。
しらさぎ 6
JR化初期に流行した2タイプの顔を持つ、
681系

しらさぎ」用編成では基本編成(6両)の
金沢方先頭車(グリーン車)と
付属編成(3両)の米原方先頭車に、
非貫通・流線形の「顔」を持つ車両が充当されています。


後輩・683系とともに北陸のエースとして
君臨していた681系に変化が訪れたのは、
やはり平成27(2015)年の北陸新幹線金沢開業

北陸の鉄道体系を大きく一変させたこの出来事は、
同系列の運用にも大きな影響を与えます。

まず「北陸特急」の削減によって
サンダーバード」用車両に余剰が発生。
さらに「はくたか」が廃止されたことによって
同列車に充当されていた681系
(2000番台含む)が行き場を失って
しまいました。

そこで余剰となった681系(+683系8000番台1本)を
しらさぎ」へと転用することで、
捻出された683系2000番台
南紀・北近畿地区の国鉄型特急車一掃
活用することとなりました。
しらさぎ 7
681系の「もう一つの顔」である、
貫通型先頭車

「国鉄型」の流れを汲む高運転台構造に、
付属編成(3両)の併結を想定した
貫通扉が設けられています。

しらさぎ」では基本編成の米原方先頭車と
付属編成の金沢方先頭車に、
貫通型が充てられています。


しらさぎ」転用に伴い
JR西日本所属の「はくたか」編成から
順次「しらさぎ」運用に合わせた
帯色の変更(青一色からオレンジへ)が行われ、

のちに元北越急行車(2000番台683系8000番台)、
およびサンダーバードからの転用車も
塗色と帯色の変更を施行。

現在では一部の「サンダーバード」用
付属編成(3両編成)を除く全車
しらさぎ」運用に就いています。
(゛先行試作車″となる1000番台は、
令和元(2019)年10月付で全車廃車に)
しらさぎ 5.5
しらさぎ」用車両は窓周りをグレーに塗り、
窓下にオレンジの帯を巻いています。

これは同じ北陸特急である「サンダーバード」との
誤乗を防ぐ目的の他に、
JR東海への乗り入れ車両であることを
表しているのだとか。
しらさぎ 8
前置きが長くなってしまいましたが、
車内の様子をご紹介致しましょう!

車両への「第一歩」となる乗降デッキは、
グレーベースのシンプルな造り。
(ブレ画像ですみません💦)

681系はまだ「バブル」の面影が残る
90年代初頭の登場ですが、
手堅いデザインからは現在のJR西日本
車両デザインにも繋がる、
「省エネ&低コスト」の思想が見え隠れ(笑)
しらさぎ 9
デッキに備えられた洗面台は、
自動式ながら乾燥機能ナシ・手洗い洗剤別個
やや時代を感じさせる造り。

鏡に間接照明を仕込むのは、
JR西日本得意技です。
しらさぎ 10
普通車車内は特急車両としては一般的な、
2+2列配置のリクライニングシートが並びます。

681系ではグリーン車を除いて
車両ごとに異なるカラーテーマが採用されており、
奇数号車はグレー系、偶数号車は赤系の座席が
用いられているのが特徴です。

各列窓側、荷棚下に備えられた間接照明も、
JR化初期の特急車両のアイデンティティ♪
しらさぎ 11
681系の普通車座席は、
シートピッチ(前後間隔)970mm

座席本体にはリクライニング機構の他
ドリンクが置けるサイドテーブルが内蔵されており、
前席背面の大型テーブルにお弁当(やPC)を、
サイドテーブルにドリンク類を置くことも可能。

座り心地は近年流行りの「ややカタい座席」と異なり、
ほどよい柔らかさとクッション性を兼備した
「平成初頭」らしい良好なもの。

既に在来線特急車では標準装備となっている
「枕」こそないものの、
運行区間が縮まり続ける北陸特急では
必要十分以上の居住性を誇ります。
しらさぎ 12
座席背面には、シートバックテーブルと網棚を装備。
(不要な物は、出来るだけデッキ備え付けの
ゴミ箱に捨てましょう!)
しらさぎ 13
ひと通り車両と客室設備を説明し終えたところで、
車窓へと目を移して参りましょう!

入線と同じ10時24分、
私を乗せた「しらさぎ6号」は
芦原温泉駅3番乗り場を離脱!

「中京の都」・名古屋まで、
2時間24分鉄路の始まりです!

しらさぎ6号」の芦原温泉からの停車駅は、
・福井
・鯖江(さばえ)
・武生(たけふ)
・敦賀
・長浜(一部列車が停車)
・米原(東海道新幹線との乗換駅)
・大垣
・岐阜
・尾張一宮(おわりいちのみや)
・終点・名古屋

途中米原駅にて7分の停車時間を挟み、
方向転換乗務員の交代
(JR西日本JR東海へ)が
行われます。
しらさぎ 14
芦原温泉駅を出た列車は、
広々とした福井平野を進行。

遠くに見える山並みの手前には、
北陸新幹線の高架が見え隠れ。
しらさぎ 15
福井市域に入り、「福井三川」の一つ・
九頭竜川(くずりゅうがわ)を横断。

県都・福井市街はもうすぐ!
しらさぎ 16
10時35分、福井駅に到着!

「県都」の玄関口となる同駅ですが、
しらさぎ」号にとっては途中駅

1分ほどの停車時間でスグに
次の駅へと向かいます。
しらさぎ 17
福井駅を出てスグ、
福井三川(勝手に命名)」二つ目・
足羽川(あすわがわ)を加速しながら横断。

少し離れたところには先日登った
足羽山も見えています。
なんだかこれまでの旅程を辿っているようで、
感慨深い
しらさぎ 18
福井市街地を離れ、再び福井平野を疾走。

古くより「交通の大動脈」たる幹線路線として
精力的な整備が行われて来た、北陸本線

北陸地域は平坦地が多いため線形も良く、
しらさぎ」号も最高130km/hで、
気持ちの良い走りっぷりを見せてくれます!

(おまけに681系
半径600 m未満で本則(鉄道路線において、
曲線半径に応じて定められた制限速度)+15 km/h、
600 m以上700 m未満で+20 km/h、
半径700 m以上で+25 km/hの曲線通過性能
有しているため、
カーブにおいても衰え知らず
スピードスターっぷりを発揮!)

これだけ走れるなら、新幹線など要らないのでは?
などと、ついつい思ってしまう。
しらさぎ 19
10時44分、鯖江駅に到着。

鯖江駅が位置するする鯖江市
国内産メガネフレームの実に96%(!)を生産する
日本一のめがね生産地として
知られており、その玄関口となる駅でも
めがねのまちさばえ
全面的にアピールしています。
しらさぎ 20
次の停車駅・武生駅(たけふえき)との間で、
福井三川」三本目・
日野川(ひのがわ)を横断。
しらさぎ 21
王子保駅(おうしおえき)の先で
北陸本線は建設中の北陸新幹線延伸区間と交差。

左手に見えているのは越前たけふ駅
敦賀駅の間に掘削される、
武生トンネル(2,470m)の
敦賀方坑口。

わずかに高架上に顔を出した新幹線は、
この先既存区間の飯山(いいやま)トンネル
(飯山‐上越妙高間。22,251m)に次いで
同線2番目の長さとなる、
新北陸トンネル(19,680m)へと
突入することとなります。
しらさぎ 22
このあたりで福井平野は南端を迎え、
嶺南地域との間を隔てた山地へと
分け入って行きます。
しらさぎ 23
11時頃、列車は嶺北と嶺南の境を直線的に結ぶ
長大トンネル・北陸トンネル
(13,870m)に突入。

北陸トンネルは昭和37(1962)年の開通。
それまで北陸本線は嶺南・嶺北両地域を隔てる
交通の難所・木ノ芽峠(きのめとうげ。海抜 628 m)を避け、
3ヶ所の駅、3ヶ所の信号場、3ヶ所のトンネル、
4ヶ所のスイッチバックを設けた険しい
山越えのルートが取られており、

冬季の雪害に加え、
輸送力や運転本数の拡大などに支障をきたす、
同線のボトルネックと化していました。

そこでこの区間で生じていた諸問題を一挙に解決し、
嶺南と嶺北を直線的に繋ぐ経路として策定されたのが
この北陸トンネルで、
昭和32(1957)年に着工。

4年近い歳月を経た同36(1961)年に貫通、
翌37(1962)年に
当時日本最長のトンネルとして
完成を見ることとなりました。

このトンネルの開通によって、
北陸本線は今ほど車両がスピードアップされていない
時代にありながら一時間以上
時間短縮を実現させており、

北陸トンネル開通がどれだけの大事業であったか、
またどれほどの効果と恩恵をもたらしたかが
お分かりいただけるかと思います。
(いずれはこの区間の旧線巡りもしてみたい!)
しらさぎ 24
暗闇を走ること10分あまり、
ようやくトンネルを抜けた「しらさぎ」号は、
嶺南地方の中心駅・敦賀駅に停車。

5日ぶりに敦賀市街を目にした感慨に
耽る間も無いまま、
列車はお隣・滋賀県を目指し加速して行きます。

参考:山と渓谷社 「旅と鉄道」増刊号・
特急列車大全集2020
    ホビコムbyデアゴスティーニ 名列車図鑑
    さとふる公式ブログ ふるさと納税まるごとレポート
    北陸新幹線概況図
    JRTT 鉄道・運輸機構
    Wikipedia

前回記事
越前旅39 ~あわらの隠れ宿 ゆ楽(客室・温泉編)~

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。