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山城と城下町を歩く3 ~現存天守・大解剖!~

2022年、
あけましておめでとうございます!


一年の計を巡らす、元旦の日!

当初予定では
・早起きする
水島臨海鉄道(倉敷市駅~水島の臨海地区へ向かう
第3セクター鉄道)車内から
初日の出鑑賞
水島港から朝日をパシャパシャ📷
・初詣

というプランを考えていたのですが、
同居人(シェアハウス住人)たちとの
宴会が盛り上がり過ぎてしまった結果、
見事寝正月となってしまいました(笑)

そんな「グータラ冬休み満喫中」の私ですが
(昨日は早起きして雪×列車を
撮りまくったから、
大丈夫大丈夫!)、

引き続きブログの方は精力的に
書き進めて参りますので、
何卒よろしくお願い申し上げます!



岡山県中西部の街・高梁市(たかはしし)。
その「街のシンボル」となっている、
備中松山城
(びっちゅうまつやまじょう)

全国でも十二箇所のみ、
貴重な現存天守が残る「天空の城」を、
毎度のごとくゆっく~りと
ご紹介しております。


前回記事はコチラ
http://ac802tfk.com/blog-entry-462.html


備中松山城 2-21
城の「シンボル」・天守が控える本丸への
出入口を固める、「本丸東御門」。

その門を潜った先に・・・
備中松山城 3-2
青空を背に堂々佇む、
備中松山城天守!

「現存十二天守」の一角にして、
重要文化財指定を受けた、
貴重な文化遺産!

そんな天守を後ろに従え、
「自分が主役!」とばかりに鎮座しているのは、
備中松山城の゛猫城主″・
さんじゅーろーくん。
備中松山城 3-3
推定3歳のオス猫くんで、
平成30(2018)年7月の豪雨災害後、
城内三の丸にて保護

備中松山藩出身の新選組隊士(七番隊隊長)・
谷三十郎(たに さんじゅうろう)にちなんで、
さんじゅーろーと命名されました。

(当の谷三十郎は隊長格にまで抜擢されたとはいえ
隊内では浮いた存在だったらしく、
最期は京都・祇園社にて変死を遂げる等、
ろくな顛末(てんまつ)は
辿っていないのですが・・・)

「発見」後はその可愛らしさと人懐こさが
観光客を呼び込む起爆剤となり、
城の客足はV字回復

一時は行方不明となってしまったものの
職員さんたちによる懸命な捜索の末に
再発見され、
公式PR大使・「さんじゅーろー」として
公式デビュー

現在では城の管理事務所(五の平櫓)付近に
常駐している他、
毎日10時と14時の二回、
城内見回りに出動なさっているそうな。

人目に晒されながらも
眠り続ける姿が、
可愛らしくも頼もしい!
(何気にカメラ目線!)
備中松山城 3-4
「本丸東御門」左手(本丸外側から見て)に
並び立っているのは、
平成9(1997)年に外観復元された、
六の平櫓
備中松山城 3-5
内部は資料館のようになっており、
山田方谷(やまだ ほうこく)先生の紹介や
備中松山城 3-6
発掘調査で出土した屋根瓦や鬼瓦、
大工道具等が展示されています。
備中松山城 3-7
それでは、備中松山城天守の
外観を見て参りましょう!

備中松山城天守は、二重二階
一見すると三階建てのようにも見えますが、
西側に「八の平櫓(現存せず)」からの
渡り廊下が取り付けられた、

複合式望楼型
(ふくごうしきぼうろうがた)と呼ばれる
形式で建てられています。

自然のままの岩盤上石垣を組み、
その上に構築された形となっている天守は、
現存天守の中でも(そして城郭の天守建築としても)
最小規模

これは山上の城があくまで
権威の象徴としての役割しか持たず、
城主の居館や政庁としての機能が
山麓の御根小屋(おねごや)に
集約されていたためと考えられています。

(他にも備中松山藩が江戸時代を通して
五~六万石の小藩であったこと、
高所にあるが故の整備と維持の大変さ
背景にあったかも知れません。
あと単純に不便!)
備中松山城 3-8
そんな備中松山城天守ですが、
「権威の象徴」としての役割に相応しい
外観とするため、
゛大きさ″を感じさせない工夫
各所に凝らされています。

それが天守各面に施された飾り屋根・
破風(はふ)

備中松山城天守には一階・二階合わせて
六ケ所に破風が取り付けられており、
天守正面(南側)の唐破風(からはふ)を始め
西面に千鳥破風(ちどりはふ)、
北面と東面に入母屋破風(いりもやはふ)を配するなど、
形式も多彩。

建物全体に設けられた縦長の
連子窓(れんじまど)や
複雑に組み合わされた屈曲も、

天守の装飾性を高め実際以上に
建物を大きく見せる
効果に
一役買っています。

(このように外面に多数の破風を配置して
天守の装飾性を高める手法は、
滋賀県彦根市に残る国宝
彦根城天守でも見られます)
備中松山城 3-10
天守東面。
屋根上に載せられた入母屋破風が、
際だった存在感を放ちます!
備中松山城 3-9
備中松山城天守でも象徴的役割を
果たしているのが、
天守南面(正面)の向唐破風

外面に向けて張り出したような
形状となっている破風部分は、
装飾の他防衛機能としての役割も兼備。

下部には熱湯などを敵兵に
投げつける石落としが取り付けられている他、
外部に向かって開かれた
連子窓(出格子窓)は、

角材の正面ではなく
外部に向けて配置することで、
外からは見えにくく
内からは広角に殺到する敵兵を狙い撃てるような
工夫が施されています。

また黒く塗られた腰板(こしいた)と
呼ばれる部分には、
横方向に板を取り付ける
「下見板張り(したみいたばり。松本城天守、
豊臣大坂城天守(現存せず)など)」ではなく、

縦方向に板を張る
竪板張り(たていたばり)を採用。
外観上の大きな特徴ともなっています。
備中松山城 3-11
外観説明はこのくらいにして、
(ようやく?)天守内部へ入って参りましょう!

天守南面に設けられた入口から
入った先は、
天守の地階!・・・ではなく、
接続廊下(つなぎろうか)と呼ばれる、

天守と隣の「八の平櫓」を繋ぐための
渡り廊下

攻め寄せた敵兵が直接天守に
殺到するのを防ぎ、
手前で防戦するための配置であったのでしょうが、
「八の平櫓」が失われた今では、
その一部が天守に接する形で
取り残されています。
(復元されないカナ~?)
備中松山城 3-12
「接続廊下」に配された、石落とし
備中松山城 3-13
しっかりと狙撃用の狭間(さま)も
空けられています。
(こちらは鉄砲用の「鉄砲狭間(てっぽうざま)」)
備中松山城 3-14
「接続廊下」から階段を上がると、
天守一階部分へ。

中心部分を広々とした内陣として、
その外周に廊下(武者走り)や小部屋を配置。

外周に配された多数の柱で、
二階を支える構造となっているようです。
備中松山城 3-15
唐破風直下に設けられた、
連子窓(れんじまど)

通称武者窓(むしゃまど)と呼ばれ、
採光性防御機能を兼ね備えた
造りとなっています。
備中松山城 3-16
全国に建てられた天守建築の中でも、
ここ備中松山城天守にしかないと思われる
特異な設備が、
天守一階に設けられた囲炉裏(いろり)

板状の石で囲まれており、
長さ一間(1.81メートル)、
幅3尺(約90センチメートル)。

「天守創造の主」・織田信長の
安土城が失われて以来、
あくまで「権威の象徴」として扱われ、
通常倉庫として使われていた天守。
(備中松山城に至っては、
わずかな数の城番が詰めるのみだったとか。
よほど不便だったのでしょう)

このような住むことを前提とした造りは、
極めて類を見ないものと言えるでしょう。
備中松山城 3-17
これは籠城時、天守に詰めて指揮を執る
城主やその家族が暖を取り、
食事をする
ための設備。

戦国時代、「備中兵乱」で
激しい戦火に晒された経験が、
こんなところに生かされています。
備中松山城 3-19
天守内もう一つの小部屋が、
一階北側に置かれた装束の間
(しょうぞくのま)

籠城時、城主一家の居室となる部屋で、
床下に石を詰めて隙間を無くすことにより、
忍(忍者)などが侵入できないようにする
工夫がなされています。

また落城となった際には、
城主一家の死に場所ともなる
場所であったようです。
(幸い実用の機会はありませんでした)
備中松山城 3-20
「装束の間」からの眺め。
裏手には現存建築の一つである、
二重櫓が見えています。
備中松山城 3-21
二階への階段。

備中松山城天守の階段も
他の現存天守の例に漏れず、
急角度

さらに踊り場を境に方向転換が強いられるように
配置されており、
一人分程度の幅と急勾配も相まって、
敵兵に対する嫌がらせとも
なっています(笑)

(各段には滑り止めが取り付けられているそうで、
簡単には落ちないハズ!・・・多分)
備中松山城 3-22
階段上がって二階は、一つの部屋として
広々としたスペースを確保。
備中松山城 3-23
部屋の奥に置かれているのは、
城の「守り神」を祀った、
御社壇(ごしゃだん)

天和3(1683)年の修築時、
時の藩主・水谷勝宗(みずたに かつむね)が
城の守護神として宝剣三振
天照大神(あまてらすおおかみ)、
水谷氏の守護神である
羽黒大権現(はぐろだいごんげん)など
十の神々を勧請。

以後歴代城主によって祭祀
執り行われていたそう。

こうして天守が現在に残されているのも、
ここに祀られた「神様」たちの
お力でしょうか。
備中松山城 3-24
天守二階からの眺め。

東側。
備中松山城 3-25
南側。
備中松山城 3-26
西側。
(北は「御社壇」が置かれているため、
窓がありません)
備中松山城 3-27
二階の屋根部分。

入母屋屋根(いりもややね)を支える
棟木(むなぎ)や梁(はり)、
桁(けた)などの構造物が
よく分かります。
備中松山城 3-28
じっくりと堪能した、現存天守!

裏手に残る「現存建築」を観察してから、
山を下ります!

参考:岡山観光WEB
    Wikipedia

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。