fc2ブログ

記事一覧

山城と城下町を歩く4 ~山城から城下町へ!~

正月三が日、二日目。
お正月″を迎える前はあんなに
ワクワクしていたのに、いざ明けてしまうと
あっという間に「2022年になったのだ」という
゛事実″を受け入れてしまっている自分がいる・・・

これが「年を取る」ということかと思うと、
なんだか寂しい心地が致します。

そんな訳で年が変わっても
こうして変わらず書き進めております、
当ブログ。.

いつもご覧くださっている皆さまに、
感謝、感謝。
備中松山城 3-7
岡山県中西部、高梁川(たかはしがわ)上流の
山間部に広がる街・
高梁市(たかはしし)。

その市街地の外れ、
臥牛山(がぎゅうさん)上に広がる
「近世式山城」・
備中松山城 (びっちゅうまつやまじょう)を
じっくりとご紹介しております。

前回記事ではその「シンボル」、
全国でも十二基のみの貴重な
現存天守
その内外の様子をあまさずお届けしました!


前回記事はコチラ
http://ac802tfk.com/blog-entry-463.html


備中松山城 3-28
天守拝観後、天守台(と岩盤)を下りて、
本丸へ。
30分ぶりに浴びる、太陽の光
備中松山城 4-2
下から見上げた、備中松山城天守。

間近で見てみると、
やはり大きさ以上の゛迫力″を感じます。
備中松山城 4-3
復元建築の一つ、
本丸の゛勝手口″として使われていた
「本丸東御門」を横目に・・・
備中松山城 4-4
天守西側へ。
正面から見ると分かりづらいですが、
側方や後方では
複雑な屈曲が付けられています。

これもまた、
天守を「大きく」見せるための、ひと工夫。
備中松山城 4-5
「本丸南御門」から本丸を出て、
今度は城の裏側へ。
備中松山城 4-6
天守裏側、
繁った木立の向こうから、
建物が見えて来ました!
備中松山城 4-7
この建物は、二重櫓

一重の「平櫓」が多数を占める
備中松山城の櫓群の中で
天守を除くと唯一となる、
複数階層を持った防御施設。

「天守」、「三の平櫓東土塀」と並ぶ
現存建築の一つで、
国の重要文化財
指定されています。
備中松山城 4-8
「二重櫓」の土台は、
天守同様天然の岩盤の上から
石垣を組み上げたもの。

これまで見てきた通り、
周囲の地形を巧みに活かした建築術が
光ります✨

二重二階の構造もまた
天守と同様ながら、
全体的に小さく、装飾性を省いた造りは、
城の「シンボル」である天守との
明確な差別化の表れでしょうか。
(一言でいうと・・・地味 笑)

ともあれ天守裏側という立地から
その役割は大きく、
南北二ヶ所の出入り口はそれぞれ天守
搦手(からめて。裏口)に通じており、

本丸裏手(北側)の防衛と天守との連絡に加え、
万が一の時には脱出口
としての機能を
有していたと思われます。
備中松山城 4-9
「二重櫓」の後方には、
城の北側を固めた曲輪・後曲輪(うしろぐるわ)

画面右手、一段下がったところには、
水の手門脇曲輪が構えられています。

正面に見えているのは、
城地北面の守備を担った
六の平櫓の櫓台。

その右下には「水の手」、
すなわち籠城側の゛命綱″・
水汲み場へと通じる、
水の手門が配されていました。

このようにのちの平城のように
本丸・二の丸・三の丸を順々に配置するのではなく、
本丸・二の丸・三の丸を中心に置いて
周囲を多数の曲輪で囲った縄張りは、
中世山城の姿そのもの。
備中松山城 4-10
「水の手門脇曲輪」のさらに下には、
城の゛裏口″となる
搦手門(からめてもん)の枡形が
残されています。

有事の際にはここが城主一家の
脱出口となり、
天守から二重櫓、後曲輪を抜けてきた
城主たちが、

ここから山中へと逃れる算段となって
いたのでしょう。
(その前に天守内の「装束の間」で、
自害を遂げてしまう可能性もありますが)
備中松山城 4-11
二の丸入口だった「鉄門(くろがねもん)」跡から
高梁市街地一望の絶景を楽しんで・・・
備中松山城 4-12
下山!

大変ながらも、楽しき「登城」となりました♪


30分ほどの行程で「天空の城」からの
脱出を果たし(バ〇ス!)、
やって来たのは・・・
備中松山城 4-13
石火矢町通り
(いしびやまちどおり)

臥牛山(がぎゅうさん)山麓、
高梁市街地の北方、250メートルほどの
範囲に広がっている、
武家屋敷地の跡。

一部では「現代の宅地」化してしまっている
区画もあるものの、
「城下町・備中松山」の名残りを留める街路は、
゛ふるさと″の姿を伝える場所として
ふるさと村の名で保護されています。
備中松山城 4-21
武士たちの暮らしぶりを偲ばせる
通りの両側には、
敷地の内外を区切った土塀
備中松山城 4-15
土塀から張り出す形で設けられた
監視用の武者窓(格子窓)
備中松山城 4-14
出入り口と門番の詰所、
家人(けにん。家来)の住み処等を兼ねた
長屋門などが、
状態良く残されています♪
備中松山城 4-16

備中松山城 4-17
一部の屋敷(旧折井家と旧植原家)は、
見学も可能!
(時間と尺の都合により、今回はパス)
備中松山城 4-18

備中松山城 4-19
やはり城下町は、独特の趣がありますね。
備中松山城 4-20
ゆるりと「石火矢町通り」を抜け、
「頼久寺通り」へ出た私。

お次は室町幕府の定めた寺院制度・
安国寺(あんこくじ)の流れを汲んだ古刹、
「遠州流」の庭園が見どころのお寺・
頼久寺(らいきゅうじ)に
お参りします!


参考:各所解説パネル


石火矢町通り(石火矢町ふるさと村)

〒716-0015
岡山県高梁市石火矢町 武家屋敷通り

「旧折井家(おりいけ)」
高梁市石火矢町23-2

開館時間
9:00~17:00

休館日
12月29日~翌1月3日

お問い合わせ
0866-22-1480

「旧植原家(うえはらけ)」
高梁市石火矢町27

開館時間
9:00~17:00

休館日
12月29日~翌1月3日

お問い合わせ
0866-23-1330

入館料(2館共通)
大人 500円
小人 250円
団体割引アリ
障がい者手帳をお持ちの方は無料

アクセス

岡山自動車道 賀陽ICから 約14分

駐車場
7台(旧折井家・旧植原家共通)

公共交通機関
JR備中高梁駅から 徒歩約15分
タクシーで約3分

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。