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初詣2022! 4(終) ~「備前国一宮」・吉備津彦神社~

オセアニアの要衝・ニュージーランドから
北東へ1,800km。
南太平洋に浮かぶ島国・
トンガ王国

日本とは遠く離れた縁もゆかりも無さそうな
島国で昨日発生した大規模な
火山噴火は、
遥かな距離を隔てた極東の島国にも、
津波の懸念が発生。

太平洋側の広い範囲で
津波警報注意報
発令される厳戒態勢が取られましたが、

幸い沿岸部での潮位の変化を除いて
大きな影響はナシ
(とはいえ漁業関係では漁船の転覆
養殖施設の破損などの被害が
発生しており、
まったくの「ゼロ」とは行かなかった模様)

とはいえ関東一円に相当する爆発の規模
未だ不明となっている被害の大きさは、
地球の活動が及ぼす影響の大きさ
われわれ人類にまざまざと
見せつけるものであり、

いつ何時種類の別こそあれ同様の、
あるいはさらに大きな自然災害が
我が国に降りかかるか
知れたことでは無い。


その点では、今回の事象を
対岸の火事」とは捉えず、
「身近に起こり得るもの」として
備えと心構えを新たなものとして行く
べきかも知れません。



年明けちょっとのタイミングで決行した、
2022年初詣!

「備前開闢(かいびゃく)」の神話と関わりを持ち、
二国の「一之宮」がほぼ並立する
珍しい地域を歩いた「初詣編」も、
今回で最終回

古来より吉備地方での信仰の中心となって来た
吉備の中山山麓に鎮座する
二つの宮のうち、

岡山市街地側に位置する「備前国一宮」・
吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)を
訪れます!


前回記事はコチラ
http://ac802tfk.com/blog-entry-467.html


吉備の中山みち 18
吉備津神社門前から散策路・
吉備の中山みち」をのんびり歩くこと30分。

やって参りました・・・
吉備津彦神社 2
吉備津彦神社!

゛吉備開闢の主″・
「吉備津彦命(きびつひこのみこと)」が眠る低山
(かも知れない)吉備の中山
北東麓に鎮座する御社で、

主祭神はもちろん!
吉備津彦命

その創建年代ははっきりとは分かっていない
ようですが、
平安時代の承和10(843)年には
時の朝廷より一品爵位(いっぽんしゃくい)を拝受。

吉備国(きびのくに)が備前(びぜん)・備中(びっちゅう)・
備後(びんご)・美作(みまさか)に分割されると、
備前国土に位置していた同社は
備前国一宮として
奉斎されることとなりました。
吉備津彦神社 7
中世には備前に暮らす庶民に加え
武家からも信心を集める社となった
吉備津彦神社でしたが、

領民らに日蓮宗への改宗を迫る
金川城主・松田元成(まつだ もとなり)からの
焼き討ちに遭い、
社殿は全焼してしまいます。

江戸時代に入ると備前国主として入国した
池田氏から篤い崇敬を受け、
元禄10(1697)年には゛名君″・
池田綱政(いけだ つなまさ)公によって
社殿が再建

その後も昭和5(1930)年の火災によって
再度社殿のほとんどが焼失するなど
紆余曲折を経た同社ですが、

綱政公時代そのままの「本殿」や
「随神門(ずいしんもん)」を始めとする
゛一之宮″に相応しい豪壮な建築、

国の重要文化財指定を受けた
井上眞改(いのうえ しんかい)作の
太刀などの神宝の数々を抱え、

現在でも「備前国一宮」としての
品格威光を保ち続けています。
吉備津彦神社 3
社地の前面、「正面参道」を挟んで
南北に広がる神池

こちらはその北側ので、
中央に浮かぶには
「住吉三神(すみよしさんじん)」と称される
底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・
表筒男命(うわつつのおのみこと)の三柱の神に、

神功皇后(じんぐうこうごう)を合祀した
靏島神社(つるしまじんじゃ)が
鎮座している他、

昭和期を中心に活躍した歌人・
服部忠志(はっとり ただし)氏の歌碑

明治~昭和を代表する俳人の一人、
高浜虚子(たかはま きょし)の句碑
建てられています。
吉備津彦神社 4
神域を守る守護神が祀られた建物・
随神門(ずいしんもん)の前まで
やって来ました!

随神門は昭和初期の火災生き延びた
建物のひとつで、
岡山市の重要文化財に指定。

建築の目的こそ吉備津神社随神門と同一ながら、
建物の造りや彩色の有無など、
近傍に在りながら様式の違いが垣間見られるのが、
おもしろい!
吉備津彦神社 5
「初詣シーズン」らしく、
門の横では飾り付けられた門松
スタンバイ!
吉備津彦神社 6
随神門を抜け、拝殿へと至る石段の手前、
参道左右に高々と聳える
大燈籠(だいとうろう)は、

高さ11.5m、頂部に戴く笠石だけでも
8畳分にも及ぶ大きさの、
日本最大の石燈籠

江戸時代の文政13(1830)年から
安政4(1857)年までの27年間
のべ1670余名にも及ぶ奉納によって、
安政6(1859)年に建立されました。

彼らの信仰心の結晶ともいえる
大石造物は、
間近で見るとものすごい迫力!

日本一」の称号は、伊達では無いですね!
吉備津彦神社 7
お参りは、こちらの拝殿で!

吉備津神社の拝殿は、
火災による焼失の後、
昭和11(1936)年の再建

本殿・随神門を除く他の建築物も同様です。
吉備津彦神社 8
やっぱりここにもあります、
(とら)の絵馬!
吉備津彦神社 9
拝殿の前に聳える、
ご神木

一面が枯れてしまっているのは、
昭和の火災の影響でしょうか?
吉備津彦神社 10
拝殿裏手に並ぶ社殿たち。

吉備津彦神社では一般客の
「拝礼の場」である拝殿から
神の「御座所」である本殿まで、
一直線に主要な社殿が配置されており、

手前から神前での祭典や
ご祈祷(きとう)を催行するための建物・
祭文殿(さいもんでん)、

本殿と祭文殿をつなぐ位置に建ち、
祭事の時にお供え物を進上する
渡殿 (わたりでん)、

そして「御祭神」・吉備津彦命が御座す
本殿と続きます。
吉備津彦神社 11
渡殿(手前)と本殿(奥)。

吉備津神社本殿
江戸時代の寛文8(1668)年、
岡山藩池田家(宗家)初代藩主・
池田光政(いけだ みつまさ)公の頃に
造営に着手。

その子綱政公の代・元禄10(1697)年に
完成を見ました。

社殿は三間社流造
(さんげんしゃながれづくり)という形式で、
正面に柱を四本並べ、その桁行(横幅)を
三間(約5.45m)取っているのが特徴です。

「随神門」と並ぶ貴重な現存建築の一基で、
岡山県の重要文化財指定を
受けています。
吉備津彦神社 12
参拝と本殿観察を済ませた後は、
境内各所に点在する摂末社へのお参り!
吉備津彦神社 13
境内北方に構える摂社・子安神社
(こやすじんじゃ)は、
縁結び、子授け、安産、育児
ご利益のあるお社。

江戸時代初期・慶長の頃、
幼少の異母弟・忠継(ただつぐ)公に代わって
備前を治めていた
池田利隆(いけだ としたか)公は、

なかなか子宝に恵まれず、
継嗣不在の状況に陥っていました。

そこでこの子安神社に子授け祈願
訪れたところ、゛世継ぎ″となる
光政(みつまさ)公が誕生

この光政公は初め播磨(はりま)姫路42万石、
次いで因幡(いなば)鳥取32万5,000石、
のちに備前岡山31万5,000石、
池田家宗家を相続し、

名君としてその名を轟かせることと
なりました。
吉備津彦神社 14
子安神社の隣に、
ズラッと並んだ末社(まっしゃ)たち。

伊勢神宮の主祭神で「日本の最高神」である
天照大御神(あまてらすおおみかみ)や、
「天孫降臨」の際に天孫・
邇邇芸命(ににぎのみこと)を導いた
猿田彦命(さるたひこのみこと)の他、

神様となった吉備津彦命の矢や、
吉備津彦の対敵・温羅(うら)までも
「御祭神」として祀られているそうな。
(゛物質″や征伐・刑罰に処された人物まで
「神様」として崇め奉るあたり、
八百万(やおよろず)の神々を生み出した
日本らしい懐の広さを感じます)
吉備津彦神社 15
子安神社の麓に鎮まる
天満宮(てんまんぐう)は、
ご存じ菅原道真(すがわらの みちざね)を
祀ったお社。

「学問の神様」、「菅公(かんこう)」の名で
知られる道真公。

延喜元(901)年、流刑により
九州・大宰府(だざいふ)へ赴く道中で、
ここ吉備津彦神社に立ち寄ったという
由縁が伝えられており、

爾来境内にも「天満宮」が建てられ、
その御霊を慰めているそうな。

一時は社殿の老朽化により
境内末社に合祀されていましたが、
平成17(2005)年に改めて社地を定め、
社殿が再建されています。

(学生諸君!これからの受験シーズン
「菅公」のご利益にあやかりに、
ご参拝してみてはいかがでしょう!)
吉備津彦神社 16
「正面参道」南側に広がる
神池

こちらは亀島五色島(ごしきじま)、
二つのが浮かんでおり、

亀島には「水の女神」・
゛宗像三女神(むなかたさんじょしん)″の一柱である
市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)を
祀った亀島神社が建てられ、

その奥の五色島には、
古代からの祭祀の痕跡を示す
環状列石(かんじょうれっせき)が
残されています。
吉備津彦神社 17
参拝後は、ひと休み!

「正面参道」脇、北側神池のほとりで
商いに励む
桃太郎茶房(ももたろうさぼう)では・・・
吉備津彦神社 18
お正月に飲みたい
地元素材を用いた甘酒と、
ご当地素材を使った゛縁起物″・
赤姫餅(あかひめもち)を販売中!
吉備津彦神社 19
左赤姫餅、右が甘酒。

お正月の定番・甘酒は、
ほんのり米の旨味と甘みが感じられ、
寒空で頂くのにピッタリの、
あったま~る一杯♪
吉備津彦神社 20
一方の赤姫餅は、

材料に岡山市北区・
御津(みつ)地区産の赤米と、
鳥取との県境に位置する
真庭(まにわ)郡新庄村で採れたもち米・
ヒメノモチミックス

パリパリに焼き上げられた表面からは、
米の香りと塗りつけられた
醤油ダレの香りが豊かに立ち、

食感は通常の「お餅」と比べて
゛モチモチ感″控え目ながら、
濃厚なタレのお蔭か
食べ応えバッチリ!

ほっと温まる「お正月ご当地グルメ」、
頂きました♪
吉備津彦神社 21
真っ直~ぐ伸びる「正面参道」から、
神域の外へ。

再び桃太郎線に乗って、
居住地・倉敷へ帰ります!
吉備津彦神社 22
吉備津神社内のえびす宮にて、
えびす様の縁起物
getしました!(*^▽^*)


参考:吉備津彦神社 公式ホームページ


吉備津彦神社

〒701-1211
岡山県岡山市北区一宮1043

開門時間
6:00~18:00
※催し物等による変更の場合アリ

拝観料
無料
(お賽銭は゛お気持ち″で☆)

祈祷受付
9:00~16:00まで、
ほぼ30分ごと
※神社祭典・結婚式等で社殿での
ご祈祷ができない時間帯が出来る場合アリ。
要問合せ。

授与所(お札・お守り・御朱印等)受付時間
8:30~17:00

お問い合わせ
086-284-0031

アクセス

山陽自動車道岡山ICから 約13分
同吉備SA内スマートICから 約7分
岡山自動車道総社ICから 約15分
JR岡山駅から 約20分

駐車場
収容台数100台
大型バスも利用可
※利用時間6:00~18:00

公共交通機関
JR吉備線(桃太郎線)備前一宮駅から 
徒歩約3分
JR岡山駅から
岡電バス 花尻入口・神道山線(所要約20分)
尾上かみバス停下車 徒歩約12分

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。