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善通寺参り 5 ~「基地の街」を歩く~

ウキウキ気分に浮かれていた「お正月」が
まだ昨日のことのように思える1月も、
もう終盤

カレンダーの流れる早さに
時の無情さを感じる、
土曜日の昼下がり(※執筆着手時)で
ございます。

今月半ばの香川県善通寺市訪問の様子を
綴って参った「善通寺参り」編、
こちらも終盤へと
差し掛かって参りました!

今回は「弘法大師誕生の地」、
人を和ませる「信仰の地」として知られる
善通寺市、
その裏に在るもう一つの「側面」に
スポットを当てて参ります!


前回記事はコチラ
http://ac802tfk.com/blog-entry-474.html


善通寺 2-19
名刹・善通寺参りを済ませ、
「うどん県民の誇り」・讃岐うどん
腹ごしらえを済ませた私!
(ごちそうさまでした!)
善通寺 2-21
「五重塔の見える道」、
善通寺南大門前から伸びる
ゆうゆうロードを、歩きます。

この通り沿いに広がっているのが・・・
旧善通寺偕行社 1
今回の「テーマ」を象徴する施設、
陸上自衛隊 善通寺駐屯地

「弘法大師誕生の地」として
古くから人々の信仰を集めてきた
善通寺という街の、
もうひとつの側面が、

戦前は旧陸軍の、
戦後には陸上自衛隊の駐屯地が置かれて来た、
基地の街としての顔。
旧善通寺偕行社 2
日清戦争終結から三年後の明治31(1898)年、
四国全域を管区とする部隊・
陸軍第十一師団が創設され、
ここ善通寺市に駐屯を開始。

初代師団長は、日露戦争において
旅順(りょじゅん)攻略戦の指揮を執り、
明治天皇崩御後に壮絶な殉死を遂げた名将・
乃木希典(のぎ まれすけ)将軍。
(乃木坂」の由来になった人)

部隊創設から6年後に起こった
日露戦争では、
元師団長である乃木将軍指揮の下、
最大の激戦となった旅順攻略戦に参加。
(その後の奉天会戦にも
川村景明(かわむら かげあき)大将指揮下で参加)

その後もシベリア出兵日中戦争参戦した他、
太平洋戦争では満州(まんしゅう。
中国東北部、およびロシア沿海部)の守備を担当する等
大陸方面の主力として活躍しましたが、
敗戦とともに解散

しかし「国防」の観点から警察予備隊
創設され、
「自衛のため」の本格的な国防組織・
自衛隊へと発展すると、

善通寺には後継となる第14旅団
司令部、および主力部隊が置かれ、
「第十一師団跡地」は「自衛隊駐屯地」として再整備。

師団創設から百余年が経過した今でも、
四国の防衛災害救助を担う
基地の街として、
重要な位置にあり続けています。
旧善通寺偕行社 3
そんな善通寺駐屯地の歴史を物語るのが、
「ゆうゆうロード」沿いに建ち並ぶ、
煉瓦(れんが)造りの建物群。
旧善通寺偕行社 4
これらは「第十一師団」時代に
兵器庫として建てられたもので、
明治42(1909)年、同44(1911)年、
大正10(1921)年築の3棟
レンガ倉現存

建造から100年以上が経過した今でも、
現役の倉庫として
使用されているそうな。
(丈夫!)
旧善通寺偕行社 5
無論現役の自衛隊施設として使われているため
残念ながら倉庫群の
一般公開はなされていませんが、

軍施設らしくシンプルにまとめられながらも、
趣ある造りは健在です!
旧善通寺偕行社 6
「ゆうゆうロード」末端の交差点から左に曲がり、
「大日線」右側の歩道を歩いて行くと、
駐屯地の反対側にも自衛隊の敷地が出現!

歩哨が立つゲートの向こう、
木立の間から覗いているのは、
旧陸軍第十一師団司令部

明治31(1898)年築、
その名の通り第十一師団司令部
置かれていた建物で、

初代師団長として赴任した乃木将軍をはじめ、
25名歴代師団長
またその麾下に組み入れられた
第十一師団の司令部要員たちが、
ここで執務に当たりました。

現在は乃木将軍にちなんだ
乃木館の通称で親しまれており、

一階は第14旅団音楽隊
事務所として使用されている他、

歴代師団長たちが職務に励んだ
執務室が、
資料室・乃木記念室として
一般公開されています。
(敷地ゲートにて、要受付)

「是非見たい!」ところでしたが、
この日はあいにくの休館日
旧善通寺偕行社 7
敷地内に置かれた戦車や航空機ともども、
またの機会といたしましょう。
(他の関連施設も、じっくり見たい!)



続いて向かったのは、
善通寺市役所敷地内。

目的は善通寺市への転入手続き!
・・・ではなく
旧善通寺偕行社 8
広~い駐車場に面して佇む、
こちらの建物。

これは旧善通寺偕行社(かいぎょうしゃ)

明治10(1877)年、
陸軍将校の親睦、互助、
および学術研究を目的として
設立された団体・偕行社

その善通寺における拠点として、
第十一師団将校たちによって
明治36(1903)年に建てられたのが、
この建物です。

(「偕行社」の名は、中国最古の詩集・
「詩経(しきょう)」に収められている一篇・
『修我甲兵 興子偕行』に由来)
旧善通寺偕行社 9
「旧善通寺偕行社」は木造平屋建て、
ルネサンス様式に則って
設計されており、
桁行(横幅)41.8m、梁間(縦)12.7m。

建物前面にギリシア建築を手本とした
ドリス角柱と三角ペディメント(切妻屋根)を戴く
玄関ポーチが設けられている他、

裏手(建物南面)からは
直接庭園に出られるよう
設計がなされています。

往時は建設目的の通り陸軍将校たちによる
交流の場として使用された他、
竣工年には即位前の大正天皇
行啓の際の休憩所として
ご利用なされた他、

大正11(1922)年には陸軍軍事大演習
視察に訪れた摂政宮
(せっしょうのみや。のちの昭和天皇)が
ここでご宿泊

戦後はGHQを経て公的機関の管理下となり、
自衛隊から善通寺市へと移管。

市役所や公民館、市立郷土館などに使用され、
平成13(2001)年には
国の重要文化財に指定。

善通寺市による保存・修復工事を経て、
一般公開されています。

かつてはこのような「偕行社」の施設が
師団の数だけ存在していたそうですが、
現在ではここ「旧善通寺偕行社」を含めて
国内6ヶ所
他日本の占領下にあったに1ヶ所の、

計7カ所のみ現存しているとのこと。
旧善通寺偕行社 10
内部拝観の受付は、
隣に建てられた附属棟から。

元からの現存建築と全く毛色の違う
ログハウス調の建物は、
保存修理の際に「偕行社」本来の目的である
社交場としての役割を補完するために
新設されたもの。

内部には「現代の休憩所」である
偕行社カフェが併設されており、
「散策後のひと休みに」と
密かな楽しみにしていたのですが・・・
こちらもお休み。残念。
旧善通寺偕行社 11
とまあちょっとした「ガッカリ」はあったものの、
無事受付(と検温)もクリアし、
いざ館内へ!

「現代モダン」な附属棟から一歩足を
踏み入れれば、
ご覧のようなレトロ空間が展開!

横幅に合わせて長~く造られた廊下は、
正面玄関を境に左右対称、
全く同じ造りで配置されています。
旧善通寺偕行社 12
館内に立ち入って最初に目にするお部屋は、
北応接室(おうせつしつ)

大正11(1922)年、
陸軍軍事演習御参観に来られた
「摂政宮」さまが、
御寝所として使われた部屋だそう。
旧善通寺偕行社 13
室内には、見るからに踏み心地の良さそうな
絨毯が敷かれています!

人が通行した跡や退色も目立つものの、
細やかな装飾が光る♪
旧善通寺偕行社 15
反対側の「西応接室」では、
元々の壁の内側に
膠(にかわ)で木材を接着した、
耐震補強の様子を見ることが出来ます。
旧善通寺偕行社 16
「玄関ポーチ」裏側は、
美麗な外観とは裏腹に
シンプルな装い。

現在では内側からしっかり施錠がなされ、
出入り不能となっています。
(ここから出入り可能にしてほしい気もする 笑)
旧善通寺偕行社 17
建物最奥(西側)に配置されていたのは、
「偕行社」メンバーが食事を摂った
食堂・・・なのですが、

現在ご覧のように机とテーブルが並べられた
会議室と化してしまっています。

なんでも保存修復した際のコンセプトが、
使い続ける文化財

すなわち「一般利用可能な設備を整えた文化財
というものなのだそうで、
大部分の部屋が「偕行社」当時のものを取り去った、
現代チックな装いへと
改められてしまっています。

せっかく残った文化財、
旧態のままに戻して欲しいと願うのは、
野暮でしょうか?
旧善通寺偕行社 18
「食堂」のお隣に広がるメチャクチャ広い空間が、
「軍人たちの社交場」・偕行社を象徴する、
大広間

東西およそ31m、南北約11m、
天井の高さ4.5m、
広さは実に340㎡に及びます!
旧善通寺偕行社 21
頭上で煌めくシャンデリア

緻密にして華やかな造りは、
社交場に相応しい格調高いモノ♪
旧善通寺偕行社 20
「大広間」南面には出入り口とベランダが設けられ、
そこから直接中庭に出られるよう
便宜が図られていました。

パーティの合間にひと息♪
なんてことも、あったのでしょうか?
旧善通寺偕行社 14
外から見ると、こんな感じ。

奥には附属棟が見えています。
旧善通寺偕行社 19
リノリウムの床も輝く、大広間♪

ここは昔のまま・・・かというとそうではなく
イベント利用を想定して
「現代チック(悪く言えば安っぽい・・・)」な椅子が
奥の方に並べられている他、

天井部分には音響機材を取り付けるための
バトンが渡されており、
なんとも言えない気持ちになる・・・

(一観光客がとやかく言う訳にはいかないのでしょうが、
やはり旧態に近い姿で保存してほしい・・・)
旧善通寺偕行社 22
(廊下と玄関を除いて)唯一当時の様子を
窺い知ることの出来る空間が、
「大広間」奥に残る
南貴賓室(きひんしつ)

ここは「摂政宮」来訪の際に
御座所兼御食堂
すなわち御参観の合間の執務に
当たられたり、
食事をお摂りになられたお部屋。

中央に置かれた椅子と机は、
当時のものでしょうか?

そこに座する若き日(即位前)の昭和天皇が、
報告に上がった士官を引見(いんけん)する様が、
目に浮かぶよう・・・
旧善通寺偕行社 23
若干の「尻すぼみ」感はあったものの、
概ね満足の「善通寺参り」!

善通寺駅に戻って今回の「おみやげ」を
買い込み
旧善通寺偕行社 24
坂出(さかいで)経由(快速「マリンライナー」利用)で
本州へ!

ありがとう善通寺市!
また来ます!


参考:善通寺市
    陸上自衛隊第14旅団
    旧弘前偕行社 公式ホームページ
    旧善通寺偕行社 パンフレット
    Wikipedia


旧善通寺偕行社

〒765-0013
香川県善通寺市文京町2丁目1−1

見学時間
10:00~16:00
※イベント等での使用時は不可

定休日
12月29日~翌1月3日

見学料金
無料

お問い合わせ
TEL 0877-63-6362
FAX 0877-63-6397

アクセス

高松自動車道善通寺ICから 約6分
※善通寺市役所駐車場をご利用ください

公共交通機関
JR善通寺駅から 徒歩約4分

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。