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井原deお花見!2 ~3セク鉄道de、プチ鉄旅!(車窓編)~

ついに始まりました、
ゴールデンウィーク!

毎年恒例お待ちかね!
晩春の大型連休の到来です!

依然続くコロナ禍
感染者数も「高止まり」状態の中ではありますが、
今のところ緊急事態宣言
まん延防止等重点措置(まん防)などが
発令される気配はなく

観光業ではワクチン接種の進行も相まって、
国内旅行は昨年比126%
海外旅行は驚異の507%のアップと、
大いに活況を呈する見込みとなっています。

ともあれまだまだ油断は禁物
人出の大幅な増加が予想される大型連休
安易な゛安全神話″に浸ることなく、
身の回りの感染対策を十分に施して、
G・Wを楽しみましょう♪


井原鉄道 6
久々のゆっくりタイム
じっくりと書き進めて参ります、
我がブログ。

今月初めのお花見さんぽの様子をまとめた
「井原deお花見!編」も、
まだまだ序盤戦

岡山県南部と広島県東部を繋ぐ
第三セクター鉄道・
井原鉄道(いばらてつどう)に
揺られての、プチ鉄旅!

今回はJRとの乗換駅であり同鉄道線の
事実上の起点となっている
総社市南部のローカル駅・
清音駅(きよねえき)から、

お花見スポット″の待つ
岡山県西端の街、井原市(いばらし)の玄関駅・
井原駅へと至る、
27.1kmの車窓風景をお届けします!


前回記事はコチラ
http://ac802tfk.com/blog-entry-483.html


井原鉄道 13
4月3日(日)、9時50分、
私を乗せたIRT355形気動車101号車
(「宝くじ号」、列車番号1321D)は、
重々しいエンジン音を轟かせながら、
清音駅2番ホームを発車!

鉄路の反対側、県境の向こうの
神辺駅目指して、
のどかな景色の中へと漕ぎ出して行きます!


乗車しましたる井原鉄道は、
鉄道路線としては比較的新しい
平成11(1999)年1月の開業。

岡山県総社市(そうじゃし)・総社駅から
広島県福山市・神辺駅(かんなべえき)までの
15駅・41.7km
(うち総社-清音間3.4kmは、
JRとの共用区間)を、
1時間ほど掛けて走ります。

もとは昭和41(1966)年に国鉄井原線として
着工されましたが、
昭和55(1980)年、国鉄再建法の施行により
工事は中止

工程の5割ほどが進んだところで、
橋梁や高架橋、路盤などの構造物は
打ち捨てられてしまいます。
井原鉄道 31
そんな゛未成線″が再び脚光を浴びたのが、
昭和61(1986)年。

「地域振興」の観点から
岡山・広島両県と沿線自治体が主体となって、
井原鉄道株式会社が発足。

同社が作りかけの「井原線」を引き継ぐ形で
翌昭和62(1987)年より
工事を再開

12年の工事期間を経て、
平成11(1999)年1月11日11時11分11秒
(゛1だらけ″!)に、
沿線待望の鉄道路線は誕生の時
迎えることとなりました!
井原鉄道 14
そんな「沿線の期待」を一身に受けて、
今も走り続ける井原鉄道

清音駅を出発して間もなく、
一区間だけの「パートナー」である
JR伯備線から分岐!

まだ新しい造りの高架橋で
JR下り線(米子方)をまたぐと
そのまま西へと針路を変え、
岡山三大河川」・高梁川(たかはしがわ)
越えに挑みます!

(高梁川上へと至る勾配は、
同線最大となる33‰
(1,000m進むごとに33m上る)の急勾配
通常の「NDCシリーズ」よりも出力の強化された
IRT355形も、
この急坂ではなんだか苦し気)
井原鉄道 15
高梁川を渡る高梁川橋梁は、
井原鉄道線上に設けられた橋梁としては
最長となる、長さ716m

三角形に組まれた鋼材(トラス)を
8径間(けいかん。差し渡しの距離)
連ねることで構成された、
トラス橋梁となっています。

車内からは曲線を描きながら伸びる鉄路や
連続するトラスによって生み出される造形美を、
川辺からは大河を渡る壮麗な鉄橋と
そこを抜ける単行気動車のコントラスト
楽しむことのできる橋ですが、

カーブした後一度直線区間に入り、
再び曲線を描いて対岸に渡る
という
特徴的な線形

橋梁と同じ長さの、
民鉄・三セクとしては稀有
全長716mロングレール
(溶接によって継ぎ目を無くした、
長さ200m以上の長~いレール)

表面だけ錆びて、内部は錆びない特殊な鋼材・
耐候性鋼材(たいこうせいこうざい)を
用いることによって生み出された
独特の色合いなど、

さまざまな技術を投入することで、
見た目と機能性を高い次元で兼ね備えた
オンリーワンな橋梁へと
仕上げられています♪
(good job👍)
井原鉄道 16
そんな゛個性マシマシ″な高梁川橋梁。
側面からの眺めも、スバラシイ!
井原鉄道 17
高梁川橋梁を渡り終えた列車は、
そのまま高架橋を疾走!

のどかな風景を突っ切る
都市型構造物という対比が、
なんだかおもしろい。
(交通の妨げとなりうるを排した、
新線″ならではの光景)

高梁川の西岸、
倉敷市真備町(まびちょう)は、
平成30(2018)年に発生した
豪雨災害によって
大きな被害が出た地域。

造成中の土地が目立つのも、
あるいはその名残りでしょうか。
井原鉄道 18
起点となる清音駅から2駅、
吉備真備駅(きびのまきびえき)に停車。

真備町内の鉄道駅としては最多
1日500人(2018年度)超が乗降し、
駅前には倉敷市役所真備支所(旧真備町役場)や
各種公共施設、スーパー等が点在する、
旧真備町の中心駅

変わった駅名の由来は、
奈良時代に遣唐使として
二度の入唐を果たし、
その知見を買われて右大臣
(朝廷の№3!)にまで上り詰めた偉大な政治家・
吉備真備(きびの まきび)

ここ真備町は真備公の故郷であり、
駅名も゛故郷(ふるさと)の偉人″にあやかって命名。

駅名標には泰然たる様で遣唐使船に乗り
大海を渡る、
老いた真備公の姿が描かれています。


(さらに一駅前の川辺宿(かわべじゅく)駅周辺は
あの「金田一耕助シリーズ」の作者・
横溝正史(よこみぞ せいし)が
戦中・戦後に疎開生活を送った家屋が現存し、

記念すべきシリーズ第一作・
「本陣殺人事件」の舞台となるなど、
歴史的・文学的魅力の溢れた地域
なっています!)
井原鉄道 19
吉備真備駅の隣・
備中呉妹駅(びっちゅうくれせえき)付近では、
線路沿いに見事な桜並木が!

目指す゛花見スポット″に向けて、
期待感が高まります♪
井原鉄道 20
真備町から矢掛町(やかげちょう)に掛けては、
短い山越え区間
井原鉄道 21
両地の間に横たわる山並みを、
連続するトンネルを使い、
最短距離で突き進みます!
井原鉄道 22
井原鉄道線は、JRとの共用区間となる
総社-清音間を除くほぼ全線で、
一本の線路を上下列車が行き交う
単線として建設。

山越えを終え、矢掛町に入って最初の駅となる
三谷駅(みたにえき)では、
上下列車の交換(行き違い)
行われます。
井原鉄道 23
駅前に桜咲き誇矢掛駅は、
矢掛町の中心駅

付近には西国街道(山陽道)の宿場町であった
矢掛宿(やかげしゅく)が広がっており、

美しい町並みとともに
重要文化財指定を受けた
旧矢掛脇本陣髙草家住宅
旧矢掛本陣石井家住宅といった
貴重な現存建築が残されています。

(駅舎も町の景観に合わせた和風建築)
井原鉄道 30
のどかな風景広がる矢掛町を、
駆ける。
井原鉄道 25
矢掛町を抜けると、目指す゛県境の街″・
井原市(いばらし)へ!

その最初の停車駅となる
早雲の里荏原駅
(そううんのさとえばらえき)の駅名標に
描かれているのは、

戦国前期に類まれなる智謀で
相模(さがみ。神奈川県の旧国名)・
伊豆(いず。静岡県伊豆半島ならびに
伊豆諸島の、旧国名)の二ヶ国を平らげた智将・
北条早雲(ほうじょう そううん)

実は井原市は早雲の生誕地とされており、
市域には早雲の実家である
「伊勢氏」の居城(高越城)址が存在。

また伊勢新九郎(いせ しんくろう)を名乗った
若き日の早雲が武芸と学問にはげんだ
寺院(法泉寺)
も残されているなど、
真備町・矢掛町に続いて
歴史深き場所となっています!

さらにこの駅は井原鉄道の運行上
とても重要な駅であり、
駅構内(清音寄り)には同社の本社および
車両基地が存在。

無人駅でありながら、
当駅始発の列車も設定されています。
(ただし神辺方面のみ)
井原鉄道 26
高梁川の支流(であり水害をもたらした厄介者)・
小田川(おだがわ)を渡れば、
井原駅はもう目の前!
井原鉄道 27
清音駅から8駅・35分。
目的地の最寄りとなる、
井原駅に到着!

島式ホーム1面2線、
井原鉄道屈指のターミナルでありながら
ローカル感も漂うこの駅で、
1321D列車は7分の小休止。

春の陽気をたっぷり浴びた101号車は、
元気いっぱい!
西国街道をなぞる鉄路へと
飛び出して行きました!



参考:井原線の新技術《デジタル岡山大百科》
    保線ウィキ
    井原線沿線観光連盟パンフレット・
    「井原線沿線めぐり ゆられて」
    Wikipedia

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。