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徳島旅24 ~小松島ステーションパーク・SL記念広場~

暑い・・・暑いです・・・

あまりにも暑いので、
買い物ついでにアイスを買いました。
クールダウン、大事!


世間が続々「夏休みモード」に入る中、
ゴールデンウィークの旅模様を
のんび~り書き進めております、
「徳島旅」編。

今回は徳島県都・徳島市の「お隣」、
かつて゛本四航路の要″として栄えた
港町・小松島市から、
とある「鉄道スポット」の模様を
お届け致します!


前回記事はコチラ
http://ac802tfk.com/blog-entry-510.html


小松島 16
濃密なる3日を送った日和佐の町を離れ、
「徳島のお隣」・
小松島市へとやって来た私。

降り立った中心駅
(でありながら荷物の預け先がない)の
南小松島駅から
小松島 2-2
港の風景広がる勝浦川
河口近くを横切り
小松島 2-3
趣ある水路を渡って、
歩くこと10分ほど。
小松島 2-23
やって来ました、
小松島ステーションパーク!
徳島城 2-18
小松島線でも運用されていた、
8620形68692号機
徳島城址にて。


かつて「日本一短い国鉄路線
と呼ばれた鉄道路線・
小松島線

牟岐線(むぎせん)中田駅
(ちゅうでんえき。「なかた」ではない)から分岐し
臨港地域へと至る
総延長たったの1.9km
短距離路線。

至近に開けた小松島港
かつては関西・関東・九州などと結ばれた
旅客船の発着港として栄え、
アクセス線となる小松島線
大いに賑わいを見せていましたが、

徳島港の開発とともに旅客航路は
小松島港から撤退

このことは小松島港の発展と繁栄と
歩みを一としていた小松島線にも
暗い影を落とし、旅客数は激減

そして昭和60(1985)年、
「民営化」が間近に迫る中で、
゛もっとも短い国鉄路線″は
軽便鉄道時代を含めて
72年の歴史に幕を閉じました。

(跡地は現在大部分が遊歩道に転用。
現在「日本一短いJR路線」の座は
JR九州・宮崎空港線
の手に渡っています)
小松島 2-〇
小松島ステーションパーク
かつての小松島線の終点・
小松島駅に造成された
都市公園で、

約1.7㎢の範囲に
「SL記念広場」、「たぬき広場」、
「記念碑広場」、「物産広場」、
「わんぱくコーナー」の
5つのスペースが存在。

また敷地に隣接して市立図書館
生涯学習センターも開設されており、
市街地中心部に在って、
小松島市民の憩いと学びの場としての役割を
果たしています。

(グーグルマップで見てみると、
ちょうど敷地の構成が
「鉄道施設」状に広がっているのが、
おもしろい)
小松島 2-5
そんな「鉄道スポット」跡に広がる、
「ステーションパーク」。

公園内にはSL型のオブジェ給水所
小松島 2-6
動輪や
小松島 2-7
をイメージした
車止めやオブジェ
小松島 2-8
同じく型の照明灯など、
なかなか気合の入った造りに!
小松島 2-9
そんな公園内でもやはり「主役」と言える場所が、
このSL記念広場!
小松島 2-10
広場の中央には、
開業当時の小松島駅舎をイメージした、
車両展示&休憩スペースが鎮座!

のんびりくつろげる「ホーム」の隣には、
ホンモノの蒸気機関車(C12形)
国鉄時代に製造された客車(50系オハフ51形)の
各1両が、

連結された状態で
保存されています。

(もっともこの場所は機関車の留置や整備、
方向転換などを行った操車場の跡であり、
本来の駅跡は200mほど東、
「小松島みなと合同庁舎」付近に在ったそう)
小松島 2-11
こちらが保存車両の目玉、
C12形蒸気機関車
280号機


ここ「小松島ステーションパーク」に
置かれているため
小松島線ゆかりの機関車では?」
と思ってしまいそうですが
そうではなく、

終戦直後の昭和22(1947)年に
日本車輛製造名古屋製作所
(現在は豊川市に製造拠点を集約)
にて落成後、

東京都五日市市(現・あきる野市)の
八王子機関区武蔵五日市支区
(昭和36(1962)年廃止)に
新製配置され、

首都圏や甲府、のち山陽方面にて
主に貨物駅構内の
入換専用機※として
活躍。

※入換専用機関車
本線での貨物列車・旅客列車の牽引とは別に、
貨物駅構内で編成の組成、
解結に従事する小型の機関車。
小松島 2-24
晩年は山口県・幡生(はたぶ)機関区
厚狭(あさ)派出に所属し、
貨物駅構内の入換作業に
従事していましたが、

昭和48(1973)年5月を以て
引退・廃車

同年中に国鉄四国総局(JR四国前身)と
小松島市との間で
無償貸与契約が締結され、
小松島市内の公園に移設・保存。

平成5(1993)年末に50系客車とともに
「小松島ステーションパーク」へと
再度移設され、
現在へと至っています。

(戦後の激動の時代に生まれ、
戦後復興を見届けて来た、
歴史の生き証人!)
小松島 2-12
C12形蒸気機関車
線路規格の低い地方路線向け
製造された小型の機関車で、

昭和7(1932)年~同22(1947)年に掛けて
計282両が製造されました。
(「小松島ステーションパーク」で保存されている
゛280号機″は、
その最終増備車の一つに当たります)

全長 11,350mm(約11m)、
全高 3,900mm(約4m)、
重量 50t(運転時。空車時は39.5t)。

2基のシリンダーで435kw
出力を発揮し、
最高速度は70km/h

(あまり速くないように思えますが、
低規格故の厳しい制限
設計当時世界を席巻していた
世界恐慌を受けての
低コスト運行を目指した結果でありましょう。
機関車に罪は無い!)

有名なD51形(デゴイチ)
C62形(シロクニ)などと比べて
一回り小さな車体
除煙板
(じょえんばん。機関車前頭部の
両脇に装着された、
排出された蒸気を上面へ導くための仕切り。
「デフレクター」とも)、

テンダー(炭水車。機関車後部に連結される、
石炭を積載・供給するための車両)の
有無などが、
大型機関車との相違点。
小松島 2-13
テンダー式」と称される大型機関車に対し、
タンク式蒸気機関車
と呼ばれるタイプに分類される、
C12形

その特徴は先にも述べた通り
駅構内や規格の低い路線でも
運用可能な、
小回りの効く小型の車体

そして後部にテンダー(炭水車)を
連結する代わりに、
車体に直接動力源となる
石炭が搭載されている
という点。

この特性故主に地方都市圏や
中小私鉄などの短距離路線
主戦場とする一方、
この280号機のように構内入換専門に
従事する等、幅広い用途に使用されました。


テンダー式(大型)機関車の例
http://ac802tfk.com/blog-entry-491.html


大量に石炭と水を積める「テンダー」を持たないため
長距離運用には不向きであったり、
動輪直上に積載され、
荷重となる水や石炭が減ると
牽引力が低下するといった
欠点も存在したものの、

「大型機関車では入線出来ない
低規格路線の旅客・貨物列車の牽引をこなし、
短距離、もしくは限定的な運用を
受け持つ」という点では、
必要十分な性能と言えたのではないでしょうか。
小松島 2-14
C12 280動輪部分。

C12形の動輪は、
3基の軸を連結棒で繋いだ、
C軸配置

これは「貴婦人」の名で知られるC57形
「シロクニ」ことC62形などと同じ
軸配置であり、
形式の頭に付く「C形」の由縁となっています。

動輪直径は1,400mm。
小松島 2-15
後方から観察。

外観上目を引くのは、
車体左右に大きく張り出し、
前後に長く伸ばされた水タンク

後端上方には、
石炭を積み込むための
石炭庫が見えています。

運転台はテンダーから石炭を供給するため
開放的な造りとなっている
テンダー式機関車とは対照的な、
閉鎖型の構造。

後方にもが設けられていますが、
「テンダー」を繋がず、
視界良好なタンク式機関車
必ずしも方向転換を必要とせず
後ろ向きのまま
走行することも可能でした。

(そのため追突防止の後部標識灯に加え、
バック運転に備えた前照灯
装備されています)
小松島 2-16
続いてはコチラ、
C12 280の後方に連結されている、
50系客車

コンビを組んでいるため
SLとともに走ったのだろうか?」
と思われるかも知れませんが
そうではなく

国鉄がそれまでの旧型客車の代替として
地方都市圏向けに製造した、
一般形客車
と呼ばれる客車群の一つ。

昭和52(1977)年~同57(1982)年の間に、
953両(多いな!)が
製造・投入されました。


全長:20,000mm(20m)
全幅:2,893mm(約3m)
全高:3,895mm(約4m)
自重:27.6t(オハフ50形)
定員:92名(オハフ50形)
最高速度:95km/h


落成後は北海道~九州までの広い範囲に
配置(もちろん四国も!)され、
各都市圏での通勤輸送に
活躍しましたが、

兼ねてより進められていた
電車気動車化
短編成・高頻度運行を志向した
フリークエント・ダイヤへの転換により、

経年劣化の進行しないうちから
各地で淘汰・廃車が進行。

一般形は平成13(2001)年に、
改造車も翌平成14(2002)年、
快速「海峡」(青森~函館間)を最後に
定期運用を失い

現在では観光列車用に改造された車両や
地方私鉄に譲渡された車両が
細々と運用されるのみとなっています。
小松島 2-17
北海道向けに耐寒・耐雪構造を強化した
51形
本州以南で広く運用された50形
2パターンに大別される、
50系客車。

ここで展示されている
オハフ50 272は、
もちろんその大多数を占めた
50形の1両。

オハフ50形
昭和53(1978)年から
同57(1982)年に掛けて、
488両が落成。

客車側でブレーキが掛けられるよう
ブレーキ装置を搭載した
緩急車として設計されている他、

業務用室、車掌室が内蔵され、
編成先頭、もしくは後端に連結される
編成の要でもありました。
(運用の都合上、
中間に連結されることもあったそう)

この272号車
昭和50(1980)年の落成。

平成4(1992)年の廃車
ここ「小松島ステーションパーク」に搬入され、
C12 280と連結される形で
保存・展示。

50系、というと「レッドトレイン」と呼ばれたような
赤一色の塗装が特徴でしたが、
平成21(2009)年にC12ともども
お色直しされた際に塗り直され、

寝台特急・「ブルートレイン」を思わせる
青色の塗色をまとって
静かな余生を送っています。
小松島 2-18
50系客車の走りを支えた、
TR230形台車

昭和中期に製造された10系客車
TR50形の流れを汲みながら、

その後登場した急行形12系
特急(寝台特急)形14系
各形式の機構も取り入れた
改良が施されています。
最高速度は95km/h。
小松島 2-19
床下機器類。

さまざまな機器が搭載されていますが、
コストや電源確保の点から
冷房装置搭載はナシ
(今ほど温暖化進行していない
時代デスカラ)、

トイレもSL時代そのままの
垂れ流しだったとか。
(バリアフリー構造にまで
進歩した今日では、考えられない!)
小松島 2-20
ごく少数を除いて、
ほとんどの車両が第一線を退いた、
両形式。

貴重な保存車両ではありますが、
その状態はというと、
ご覧の通り

一度゛お色直し″はされているものの
定期的なメンテナンスは
なされていない
ようで、
10年以上にわたって雨ざらしのまま
錆びるに任せた状態
なってしまっています。

保守・整備だけでも
膨大なコストを必要とする、
鉄道車両。

こうして一時代を築いた車両たちが
残されているだけでも
賞賛すべきことなのでしょうが、
せっかく引き取った財産

「所有者」たる小松島市には
「明日生まれ来る、
゛未来を生きる″子供たち」のためにも、
より美しく楽しく魅せるための工夫
期待したいところです。
小松島 2-21
かつての鉄路と「国鉄時代」に
思いを馳せた、
「SL記念広場」。
小松島 2-22
線路をイメージしたペイント(の跡)を辿って、
向かいの「たぬき広場」へと
参りましょう!




参考:小松島市観光サイト「小松島ナビ」
    デゴイチよく走る! 機関車データベース
    Wikipedia



小松島ステーションパーク

〒773-0001
徳島県小松島市小松島町網渕1−13

営業時間
24時間営業!

定休日
ナシ!

利用料金
無料!

お問い合わせ
小松島市商工観光課
TEL 0885-32-3809

アクセス

徳島南部自動車道
徳島津田IC
から 約20分

公共交通機関
JR南小松島駅から 徒歩約12分

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プロフィール

詞-Nori-

Author:詞-Nori-
旅行系ブロガー。
趣味は旅行、町歩き、食べ歩き、
鉄道等々。

目下地元・福岡県に戻り、
次なる行動に向けて準備中。