鉄道遺産を見に
- 2017/12/24
- 17:36
先週の金曜日。
私「西のノリ」は、日田・湯布院地方の町・玖珠町(くすまち)を
訪れました。目当ては鉄道遺産と小さな城下町。
日田市や湯布院といった周辺の観光地に隠れがちな
場所ですが、今回はそこにスポットを当てて行きたいと思います。

大分駅から列車での移動。
乗るのは特急ゆふ
国鉄時代の急行列車の流れを汲む列車で、
由布院人気の高まりを受け、平成7(1995)年に特急化。
博多~大分・別府間を、多停車型のダイヤで結びます。
観光特化のゆふいんの森とは異なり、
沿線の通勤客にも考慮した運行形態。
現在はゆふ森と同じく、7月の
九州北部豪雨によって久大本線に不通区間が
出たことにより、こちらは運転区間を日田~大分・別府間に短縮した上で
運転されています。

車両はキハ185系特急型気動車。
元々は国鉄末期の昭和61(1986)年、四国地区の
急行車両置き換え、ならびに特急列車網整備を目的に製造されました。
分割民営化によって苦しい経営状態に置かれるであろう四国地区の
状況を考慮し、2両と3両から編成が組める柔軟性を持たせた上で、
0系新幹線の座席等の流用、乗降扉の駆動装置やクーラーに
バス用部品を用いる、といったコストダウンも図られています。
その後は予讃線の電化区間延長、2000系振り子式気動車の
登場等で一部の車両が余り、JR九州へと売却されました。

客室内部。
JR九州車は大幅な変更が施され、
外装はコーポレートカラーでもある赤に、客室は
天然木をふんだんに用いて、暖かみと明るさのある内装に一変しました。

座席はモスグリーン。山間部を通る路線で
運用される車両にぴったりのカラーリング。
なお座席の仕様はJR四国時代から変更はありません。

デッキ部はシックなブラック!

ゆふやゆふいんの森が走る久大本線(ゆふ高原線)の魅力は、やっぱり山景色!
九重連山を始めとする山々と玖珠川や大分川が刻む渓谷が、
乗客の目を楽しませてくれます。

沿線屈指の観光地・由布院付近では、由布岳(標高1583m)が
お目見え!山頂が隠れてしまっていますが、キレイに見えてよかった!

大分駅を出て1時間15分ほど。
玖珠町の主要駅・豊後森駅(ぶんごもり)に到着!
平べったい頂上が特徴的な伐株山(きりかぶさん、標高685m)が
お出迎え。

豊後森駅舎。
かつては豊後森機関区が置かれ、熊本県小国町まで繋がる国鉄宮原線(みやのはるせん)の
起点ともなるターミナル駅でしたが、いずれも廃止
今は久大本線のみの発着となっています。
駅舎は平成15(2013)年、JR九州の車両や
駅舎・関連施設のデザインでお馴染み、水戸岡鋭冶氏監修の下、
リニューアル。木材を多用した日本家屋風の建築に再生しました。

駅舎内部。壁や椅子、天井等、これでもかとばかりに天然木が使われています。

玖珠町は「日本のアンデルセン」の異名を取った児童文学作家・
久留島武彦(くるしま たけひこ)氏の出身地。
備え付けの棚には、特産品とともに児童文学の本が置かれています。

まずはこちら、豊後森機関庫公園
かつてここには久大本線全通と共に開設された機関区があり、
蒸気機関車の運行に必要な石炭や水の補給、峠越えの為の機関車付け替え
を行う拠点として機能していましたが、蒸気機関車の撤退を受け、
昭和46(1971)年に廃止
以後解体されることも無く残されていましたが、平成18(2006)年に
玖珠町がJR九州から機関庫周辺の敷地を
買い取り、保存・整備が行われました。
平成21(2009)年には、機関庫と転車台が近代化産業遺産に
指定されています。

機関車の方向転換に使われていた、転車台
蒸気機関車時代を物語る、貴重な遺産です。

機関庫正面に置かれているのは、9600形29612号機
大正8(1919)年に製造され、昭和49(1974)年までの56年間に渡って使用された、
蒸気機関車です。
戦時中の長崎への原爆投下の際には被災者の移送にも当たった名機ですが、
福岡県志免町で保存されていたところ、解体案が浮上。
これを惜しんだ人々の要望を受け、協議の結果玖珠町が譲渡を受け、
再整備の後平成27(2015)年、機関庫の前に保存・展示することとなりました。

この迫力ある姿を見られるのも、たくさんの人の情熱と努力の賜物ですね・・・(しみじみ)

機関庫外壁。実はここには戦争の痕跡が残っています。

終戦間近の昭和20(1945)年8月4日、軍事輸送の拠点ともなっていた
豊後森機関区に米軍機が来襲。
機銃掃射を受け、3名の職員が亡くなるという
事件が起きました。
それから72年が経過した今でも、その生々しい弾痕が
消えること無く刻まれています。

敷地内に建つ、豊後森機関庫ミュージアム
平成27(2015)年、もはやお約束、水戸岡氏デザインでオープン。
入り口付近は豊後森駅や機関庫を紹介した展示スペース、
奥は木の香り漂う休憩所となっています。
10時~16時開館、月曜日定休で営業中。

休憩スペース。観光列車の車内を思わせる、オシャレ空間。
木製のテーブルや座り心地の良い椅子が並び、
本棚には鉄道関係の書籍やソニック等、特急車両のデザイン画(!)が
並びます。
右側の壁に取り付けられたモニターでは、JR九州の
観光列車・特急車、ななつ星in九州や或る列車の紹介映像が
流されています。いや~、一日中居たい

ターミナル駅や特急あそぼーい!にも設置されている、木のプール
右手の窓からは豊後森駅を発着する列車を
見ることも出来、大人も子供も楽しめる空間に仕上がっています。
鉄道成分(?)にたっぷり浸かった午前のひととき。
「鉄道施設」と聞いて構えてしまう人でも大丈夫!
機関庫・機関車・ミュージアムと回れば、
皆さんも楽しめること間違いなしでしょう!
次回は「日本一小さな城下町」とも称される、
森町を散策。
今年最後(?)のお出掛けは、続きます。
それでは!

お昼は町の食堂にて。野菜たっぷりのちゃんぽんなり~
私「西のノリ」は、日田・湯布院地方の町・玖珠町(くすまち)を
訪れました。目当ては鉄道遺産と小さな城下町。
日田市や湯布院といった周辺の観光地に隠れがちな
場所ですが、今回はそこにスポットを当てて行きたいと思います。

大分駅から列車での移動。
乗るのは特急ゆふ
国鉄時代の急行列車の流れを汲む列車で、
由布院人気の高まりを受け、平成7(1995)年に特急化。
博多~大分・別府間を、多停車型のダイヤで結びます。
観光特化のゆふいんの森とは異なり、
沿線の通勤客にも考慮した運行形態。
現在はゆふ森と同じく、7月の
九州北部豪雨によって久大本線に不通区間が
出たことにより、こちらは運転区間を日田~大分・別府間に短縮した上で
運転されています。

車両はキハ185系特急型気動車。
元々は国鉄末期の昭和61(1986)年、四国地区の
急行車両置き換え、ならびに特急列車網整備を目的に製造されました。
分割民営化によって苦しい経営状態に置かれるであろう四国地区の
状況を考慮し、2両と3両から編成が組める柔軟性を持たせた上で、
0系新幹線の座席等の流用、乗降扉の駆動装置やクーラーに
バス用部品を用いる、といったコストダウンも図られています。
その後は予讃線の電化区間延長、2000系振り子式気動車の
登場等で一部の車両が余り、JR九州へと売却されました。

客室内部。
JR九州車は大幅な変更が施され、
外装はコーポレートカラーでもある赤に、客室は
天然木をふんだんに用いて、暖かみと明るさのある内装に一変しました。

座席はモスグリーン。山間部を通る路線で
運用される車両にぴったりのカラーリング。
なお座席の仕様はJR四国時代から変更はありません。

デッキ部はシックなブラック!

ゆふやゆふいんの森が走る久大本線(ゆふ高原線)の魅力は、やっぱり山景色!
九重連山を始めとする山々と玖珠川や大分川が刻む渓谷が、
乗客の目を楽しませてくれます。

沿線屈指の観光地・由布院付近では、由布岳(標高1583m)が
お目見え!山頂が隠れてしまっていますが、キレイに見えてよかった!

大分駅を出て1時間15分ほど。
玖珠町の主要駅・豊後森駅(ぶんごもり)に到着!
平べったい頂上が特徴的な伐株山(きりかぶさん、標高685m)が
お出迎え。

豊後森駅舎。
かつては豊後森機関区が置かれ、熊本県小国町まで繋がる国鉄宮原線(みやのはるせん)の
起点ともなるターミナル駅でしたが、いずれも廃止
今は久大本線のみの発着となっています。
駅舎は平成15(2013)年、JR九州の車両や
駅舎・関連施設のデザインでお馴染み、水戸岡鋭冶氏監修の下、
リニューアル。木材を多用した日本家屋風の建築に再生しました。

駅舎内部。壁や椅子、天井等、これでもかとばかりに天然木が使われています。

玖珠町は「日本のアンデルセン」の異名を取った児童文学作家・
久留島武彦(くるしま たけひこ)氏の出身地。
備え付けの棚には、特産品とともに児童文学の本が置かれています。

まずはこちら、豊後森機関庫公園
かつてここには久大本線全通と共に開設された機関区があり、
蒸気機関車の運行に必要な石炭や水の補給、峠越えの為の機関車付け替え
を行う拠点として機能していましたが、蒸気機関車の撤退を受け、
昭和46(1971)年に廃止
以後解体されることも無く残されていましたが、平成18(2006)年に
玖珠町がJR九州から機関庫周辺の敷地を
買い取り、保存・整備が行われました。
平成21(2009)年には、機関庫と転車台が近代化産業遺産に
指定されています。

機関車の方向転換に使われていた、転車台
蒸気機関車時代を物語る、貴重な遺産です。

機関庫正面に置かれているのは、9600形29612号機
大正8(1919)年に製造され、昭和49(1974)年までの56年間に渡って使用された、
蒸気機関車です。
戦時中の長崎への原爆投下の際には被災者の移送にも当たった名機ですが、
福岡県志免町で保存されていたところ、解体案が浮上。
これを惜しんだ人々の要望を受け、協議の結果玖珠町が譲渡を受け、
再整備の後平成27(2015)年、機関庫の前に保存・展示することとなりました。

この迫力ある姿を見られるのも、たくさんの人の情熱と努力の賜物ですね・・・(しみじみ)

機関庫外壁。実はここには戦争の痕跡が残っています。

終戦間近の昭和20(1945)年8月4日、軍事輸送の拠点ともなっていた
豊後森機関区に米軍機が来襲。
機銃掃射を受け、3名の職員が亡くなるという
事件が起きました。
それから72年が経過した今でも、その生々しい弾痕が
消えること無く刻まれています。

敷地内に建つ、豊後森機関庫ミュージアム
平成27(2015)年、もはやお約束、水戸岡氏デザインでオープン。
入り口付近は豊後森駅や機関庫を紹介した展示スペース、
奥は木の香り漂う休憩所となっています。
10時~16時開館、月曜日定休で営業中。

休憩スペース。観光列車の車内を思わせる、オシャレ空間。
木製のテーブルや座り心地の良い椅子が並び、
本棚には鉄道関係の書籍やソニック等、特急車両のデザイン画(!)が
並びます。
右側の壁に取り付けられたモニターでは、JR九州の
観光列車・特急車、ななつ星in九州や或る列車の紹介映像が
流されています。いや~、一日中居たい

ターミナル駅や特急あそぼーい!にも設置されている、木のプール
右手の窓からは豊後森駅を発着する列車を
見ることも出来、大人も子供も楽しめる空間に仕上がっています。
鉄道成分(?)にたっぷり浸かった午前のひととき。
「鉄道施設」と聞いて構えてしまう人でも大丈夫!
機関庫・機関車・ミュージアムと回れば、
皆さんも楽しめること間違いなしでしょう!
次回は「日本一小さな城下町」とも称される、
森町を散策。
今年最後(?)のお出掛けは、続きます。
それでは!

お昼は町の食堂にて。野菜たっぷりのちゃんぽんなり~